Birth88「未来を見据え」




「沙都様、もしかして香水をおつけですか?」
「え?こちらのハーブティーの香りではなくてですか?」
「はい、もっと甘美な花の香りがされています」
「あ、それは手につけているクリームからですね」

 麗らかな日和を迎えた午後です。レッスンの合間に入る休憩で、私は茶のまで足を運んでおりました。かぐわしいハーブティーの香りに包まれ、美味を愉しんでいましたら、私の姿を見かけたエヴリィさんから声を掛けられました。

 その時にどうやら彼は私から香りを感じたようです。申し上げた通り、私は香水なんて上品なものを使用しておりませんので、あと考えられるものといえば、ハンドクリームぐらいでした。エヴリィさんは腰を掛ける私の隣へと立ち、私の手に視線を落とされます。

「手に塗られるクリームでしたか」
「はい。シャモアの香りですね」

 シャモアとは私の世界でいう薔薇に近似した花で、外面は鮮彩で美しく、香りもとても上品です。こちらの世界では高級花として扱われ、この花を使用したクリームは高純度の潤い成分と肌を滑らかにする保湿成分が入っています。

「なるほど。言われて気付きましたが、確かにシャモアの香りですね。そちらは女性に大変人気のある高級花を使用しておりますよね」
「はい。香りは勿論ですが、私の場合、レッスンで指に切り傷が出来易くてですね。こちらのクリームをつけるようになって、だいぶ皮膚が丈夫になり、殆ど傷が出来にくい肌質となりました。それからずっと愛用をしております」

 私は手をさすりながら説明をしました。おかげさまで無傷ですね。

「そうでしたか」

 そう受け答えをされたエヴリィさんから、サラリと手を握られます。

「え?」
「本当に香り高いですね。まるで人の心を誘い込むような甘い香りです」

 手の甲に鼻を近寄らせるエヴリィさんは、まるでキスを落とすような体勢です。

「あ、あの?」
「それに沙都様のお綺麗な手に傷がついていらっしゃったとは実に痛々しいですね」
「は…い?」

 お綺麗な手と言われた事に私はポカンとしてしまいます。さらに労わるように指でスリスリと撫でられており、何事かと瞠目します。これは女性に対するエヴリィさんの本能ですかね?

―――バシンッ!

「いたっ!」

 突然、威勢の良い音が鳴り響き、エヴリィさんは短い悲鳴を吐き出されました。彼はすぐに目尻を上げ、こちら…ではなく、私の右隣へと向かって突風の如く文句を吹かれます。

「何するんだよっ、オール!」
「沙都に気安く触るな」

 実は私はオールと一緒に休憩をしておりました。彼を隣にして、エヴリィさんも無遠慮な行動をされたという訳です。そして声遣いを荒げるオールに対して、エヴリィさんも負けん気を起こされます。

「なんだよ、それ!沙都様を自分のものみたいな言い方してさっ」
「オレにはそれを言う権利がある」
「チッ。オールのくせに生意気なんだよっ」

―――何でしょう、この会話は。

 私はオールとエヴリィさんの間に挟まれて、目の前で繰り広げられる二人の会話を少々冷めた気持ちで見ておりました。それから散々と文句を飛ばされたオールは無言となり、エヴリィさんから視線を逸らしました。何気にスルーしていますよね?

 ちなみに身も心も結ばれたオールと私の関係ですが、数ヵ月経った今も良好です。周りの方々にもオープンにしておりました。特に隠す必要もありませんしね。えぇ、アトラクト陛下もご存じでいらっしゃいますよ。

 特に自分から申し上げた訳ではありませんが、何かの拍子で知られました時、確かに驚かれていましたけどね。ですが、陛下は深入りをされずに「良かったな、幸せになれ」とおっしゃって下さいました。

 相手がオールというのもあり、陛下も心から喜ばれたようです。複雑…いいえ、そのような感情を陛下も私も抱いてはおりません。それぞれの「想い」は揺るぎのない確かなものですから。

 そしてナンさんにはきちんと自分の口からお伝えをしました。かなりの勇気が入りましたよ。いざお伝えした時も酷く汗が滴っていたのを憶えております。そのような緊張をして、ようやくお伝えが出来た時です。

「存じておりましたよ」

 と、あまりにも意外なお言葉が返ってきました。てっきりナンさんを固まらせてしまうかもしれないと思っていた私の方が固まってしまいました。

「さすがに気付きますよ~」

 ナンさんはあっけらんかんとされていました。マアラニの件で私を護衛する任務を終えたオールですが、返って毎日私の前へ姿を現す彼の気持ちに、ナンさんは気付かれたのですね。

「オールさんは沙都様をお好きなんですよね」

 私は目を丸くしました。ナンさんは気付いていたにも関わらず、私には嫉妬心を見せていませんでした。それはオールの誠実な想いに、今度こそ幸せになって欲しいと秘かに応援をして下さっていたのです。そちらに私はとても感動をしました。

 周りの方々も祝福をして下さいました。中には私は陛下と一緒になるではないかと思われた方もいたようですが、あの情の深い陛下ですからね。早々にお気持ちが切り替わられない事ぐらい臣従や民衆の方々の方がよくお分かりの筈です。

 さて話が逸れましたが、相変わらずオールが涼しい態度を取るものですから、エヴリィさんの憤慨が治まらないようです。個人的な感情もあるようですが、どうやらエヴリィさん、暫く色恋沙汰のなかったオールが春爛漫の生活をしている事に釈然としないようです。

 色事はエヴリィさんの方が華やいでいましたからね。それは今も継続中でいらっしゃるのかは分かりませんが、大人げない事には変わりありません。私はやれやれという気持ちでエヴリィさんの鎮静を計ります。

「エヴリィさんも、そろそろ身を固められた方が宜しいのではありませんか?」
「え?何を突然おっしゃるのですか、沙都様」

 エヴリィさんのこの表情、心底に分からないという驚きの色を見せられています。

「そういう方がいらっしゃれば、色々な意味で落ち着かれるのではないかと思いまして」

 特にオールに対する嫉妬も無くなりそうですよね。エヴリィさんのようなタイプはきっと意中の方で頭がいっぱいとなるでしょうから。うんうんと心で頷いておりましたら、エヴリィさんが苦り切った表情を見せ、大きく口を開かれました。

「いいえ、むしろ逆ですよ!一人に決めるだなんて周りが落ち着かなくなりますって」

―――それだけ華やいでいるという意味に取れるのですが。

 そこは深く突っ込まないで置きましょう。何事も平穏が一番ですから。今の発言にオールは付き合い切れんといった様子で、軽く溜め息を漏らしました。その気持ちはよく分かりますけどね。

「そうですか?ですが、心に決めた方がいらっしゃるのではありませんか?」
「?…沙都様、誰の事をおっしゃっているのですか?」

 すっ呆けられている感じもなく、本気で首を傾げられるエヴリィさんですが、どうやら本人は気づいていないようですね。実は以前から気になっていた事がありまして。

 エヴリィさん、基本的にはどの女性に対しても柔らかですが(取り繕っている感じはありますけどね)お一人だけ扱いの違う方がいらっしゃいまして。彼と同じく魔導師であり、それも第二のダーダネラ王妃様と謳われる美しい方です。

 とはいえ、外見は王妃様とは全く異なります。王妃様は思わず守りたくなるような可憐で、かつ聡明さを持ち合わせた婉麗な方でしたが、例の女性は凛とした勇ましい雰囲気をもっています。

 風貌はモデルのように背が高く、ローズレッドの流麗な長い髪を一つに束ね、美しさに酔わされるほどの端麗な顔立ちをなさっていますね。人間離れした美しき女性という意味で、第二のダーダネラ王妃様と讃えられているようです。

 私から見てもとても魅力的な方だと思いますよ。軍師のエニーさんのように勇ましくキリリとされてカッコ良い方です。女性で若く師を称する魔導師は珍しいそうですからね。なおさら素敵です。

 ただ生まれ持った美しい容姿とは打って変わるサバサバとした性格の方でしてね。エヴリィさんの事も「ナルシー」「目ざとい」「タラシ」と、ストレートなお言葉をズバズバと飛ばされています。フェミニストのエヴリィさんも彼女の前だけは素の姿でお話しをされているんですよね。

 ご自分では気付かれていないようですが、私は近い将来に彼女を…と、勝手に思い込んでおります。まぁ、お相手の方がエヴリィさんをお選びになるかどうかは未知ですが。(今の関係では難しいでしょうね)彼の幸せの為にも、是非頑張ってもらいたいものです。

「エヴリィさんの恋バナが聞ける日を楽しみにしていますよ」

 私は純粋な気持ちでお伝えをしました。その時が来れば、華やかな生活から落ち着いた生活へと変わられているという事ですからね。

「え?沙都様にしては珍しい事をおっしゃるのですね。あまり色恋沙汰にはご興味がありませんよね?」
「そうですか?純粋に思った事を口にしたまでですよ」

 エヴリィさんが目を剥く気持ちも分かります。普段、私は人の恋愛沙汰には首を突っ込まないようにしていますからね。

「オレは勘弁して欲しい」

 右隣から独り言のようにボソリとした呟きを耳にしましたが?

「オール、どういう意味だ?」

 透かさずエヴリィさんから突っ込まれましたね。

「コイツの恋愛沙汰なんて少しでも聞いてみろ。時間という概念が無くなるだろうな」
「どういう意味だ!」

 あ~またエヴリィさんの噴火が始まりましたよ。オールも変なところで素直な気持ちを吐露しますからね。さっきの時間の概念が無くなるというのは、エヴリィさんの恋バナがエンドレスに続いてしまうという皮肉だったんですよね。

 案の定、エヴリィさんの口が止まらなくなりました。オールもすかした態度ですし、やれやれという気持ちが拭えませんが、こういった他愛のない話が出来るのは何より平穏である証です。恋人と友人と過ごす時間という事で、これからも大切に刻んでいこうと思いました。





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