Birth62「聖なる光の中で」




 目の前に剣呑な状況が迫っているというのに、あまりの驚愕に返って身動きがとれずにおりました。ようやく魔物達を撃滅させる手前で新たな群が迫ってくるなど、想像出来る筈がありません。

 始めの魔物も相当な数でしたが、次の群も同じぐらい、いえそれ以上の数かもしれません。これ程の数を作り出す魔女の所まで、果たして私達は辿り着く事が出来るのでしょうか。

 杖の力は無限のようですが、オールさんの体力は有限です。彼は先程の攻撃で相当な力を発しています。立て続けに魔力を使えば、確実に力は底を尽くでしょう。そうなる前に片をつけたいと思っていましたが、そう現実は甘くはないのです。

「オールさん、このままでは埒が明きません!貴方の体力を考えれば、戦うとはまた別の方法を考えましょう!」

 私は彼の方へと振り返り、気持ちをぶつけます!その私の切実な様子を目にした彼は微かに表情を歪め、そして問います。

「それはこの場から逃げるという意味でしょうか?」
「それ以外に方法はないのですが…」

 彼の表情からして不本意な考えかもしれませんが、命を危うくするよりは良い筈です。それに彼を失うかもしれないという恐怖を再び私は味わいたくなかったのです。

「私への気遣いには感謝します。ですが、逃げた所でも道は開けぬままです。これは私の考えではありますが、魔女の力は有限です。これ以上、魔物を生み出す事は自身の身を削る事に繋がるので、あの魔物どもが最後になるのではないかと思っております。ですので、あの群までは戦うべきです」
「オールさん…」

 決然と言い放つ彼は戦うという誇りに忠誠をかけているようにも見えました。退魔師としての責任感でしょうか。いえ、きっとこれは魔女討伐を課せられた使命感なのかもしれません。

 とはいえ、命を捨てていいものではありません。既にもう魔物達はすぐそこまで迫ってきていました。私はグッと唇を噛み締め、意を決して彼の目の前まで駆け寄り、自分の思いを伝えようとしました。

「オールさん、次の群を相手にすれば、貴方の躯が危険です!ここはまともに戦うよりも、逃れる方法を考えましょう」
「なりません。躯がお辛いようでしたら、私一人が戦いますので、離れて下さっていて構いません」
「私の躯は大丈夫です!それよりも貴方を置いて、私だけのこのこと引き下がれません!私は純粋に貴方を失いたくないと思うからこそ、申し上げているのです!」
「沙都様…?」

 私はオールさんの腕を強く握り、気持ちをぶつけます。私の言葉に彼はまるで幽霊を見たような表情をされていました。ほんの少しのここを置いた後、

「実の気持ちを吐露すれば、私とて貴女を危険な目には合わせたくありません」
「え?」

 腕を握っていた私の手を今度は彼が握り返します。その温もりと口づけをされそうな距離で見つめられる力強い眼差しに、言葉の真意が窺えました。

―――ドクドクドクッ。

 特に今の彼の言葉には深い意味はないのだと思いますが、私の鼓動は確実に高鳴っておりました。

 …………………………。

「この状況でイチャコラ?随分と余裕だねー」
「「え?」」

 私とオールさんは夢から醒めたように、ハッと我に返ります。

―――い、今の声は?…はっ!

 背後へ振り返りますと、私は大きく瞳を揺るがせました。

「エヴリィ、何故オマエがここに?」

 驚いた気持ちはオールさんも一緒だったのだと、問う彼の口調で分かります。現れた人物はオールさんが口に出された通り、エヴリィさんでした。見目好い華やかな風姿がまたオールさんとは異なった美しさを放たれています。

 こうやって宮殿外で目にして、改めて彼の美しさを思い知りました。彼はその美しさとは打って変わり、かつて見せた事のない厳酷な面差しを見せ答えます。

「オマエもそうだと思うけど、オレも沙都様の後を追って来たんだよ。深紅の海を目にした時には既に沙都様の気配を感じられなかったから、呑み込まれたと推測して後を追って来た」
「そ、そうだったんですね」

 という事はオールさん同様、あの深紅の海に飛び込んで来られたって事ですよね。そのアグレッシブな精神には度肝を抜かされます。

「既にもう…魔女は近くまで来ている」
「え?」
「宮殿にいる時から感じておりました。まさかあのような大胆な行動を起こし、沙都様を連れ去るとは思いもよりませんでしたが」

 目を細め、胸の内を開いたエヴリィさんの姿を目にして、ある事に気付きます。

 「既にもう…」、この言葉は確か宮殿で、私がエヴリィさんへの信用を失っていた時、彼に手を取られ振り払った際に、彼が零したものでした。あの時、彼が何を言いかけたのか分かりませんでしたが、今ようやくと理解が出来ました。彼はあの時から魔女の気配を感じていたのですね。

「悠長に話しが出来るのもここまでのようですね。頭上をご覧になれば一目瞭然ですが、既に我々は魔物達から取り囲まれている状況です。考えるにあれらを退治せねば、到底魔女の所には行けないようです」

 エヴリィさんもオールさんと同じ事を思われているのですね。やはりこの魔物達を倒さなければ、先には進めないという事ですか。

「それは分かっている。一度、魔物の群を撃滅させたが、新たな群が押し寄せて来た。それがあれだ」

 オールさんはクイッと顎を上げ、状況を示しました。

「痕跡からして炎の攻撃をしていたようだけど、あの魔物達の属性は闇だよ?という事は弱点は光り。魔物の数に動揺でもして気付かなかったの?あー、というよりは退魔師ともいえど、普段、闇の属性の魔物なんて相手にする事がないから気付きにくかったのか」

 そう刺々しい言い方をしたエヴリィさんは軽く溜め息を吐き出されました。半ば呆れている様子です。それに微かに苦い表情をされるオールさんに、私は居た堪れない気持ちになります。

「適した属性で攻撃しないと、倒すのに時間がかかるだけじゃなく、無駄に魔力までも低下するよ?」
「そんな事は分かって…?」

 オールさんの途切れた言葉で状況の変化に気付きました!

「!?」

 上空を見上げるオールさんとエヴリィさんと同じ光景を目にした時、私は息を呑みました。数百というもの凄い数の魔物が、私達を目掛けて向かって来ていたのです!それもよく見れば最初の魔物よりも二倍ほど身長が高く、一回りも二回りも大きく強靭な躯をしています!

 私はすぐに杖で攻撃をと頭では分かっているのですが、手が思うように働きません!どんどんと近づいてくる恐ろしい姿の魔物に戦慄き、ドクドクと血が逆流するかのように躯全体が波打っていきます。そして前方の群が槍を大きく振り上げようとした時です!

―――ピカッ!!

「え?ひゃあっ!」

 刹那の目映い光が眼裏に映し出されました。瞬く間に真っ白な光に呑まれ、目眩めくるめく光に瞼を開いておく事が出来ません。目を瞑っても尚も光りの余韻に纏わりつかれている感覚が残ります。

 何が起きたのか分からず混沌としていましたが、それはほんの一瞬の事であったと目を開けた瞬間に分かりました。何故なら、ほんの数秒前とは明らかに状況が変わっていたからです。

「え?…え?これは?」

 頭がついていかず、言葉を紡げません。それはとても視界が開けているからです。そう、確かほんの数秒前までは魔物達で埋め尽くされた真っ黒な光景でしたが、今はくすんだ白い空が姿を覗かせています。

 視野を広げれば、また数百の魔物が浮遊していますが、奇襲して来た魔物達は一体何処に消えてしまったのでしょうか?ふと辺りを見渡すと、唖然としていない者はエヴリィさん只一人であり、彼は何事もなかったように、澄ました表情をされていました。

―――ま、まさか、い、今の攻撃はエヴリィさんが!

 あまりの驚きに絶句する私の、いえすべての者達から注目を浴びる彼は私とオールさんの方へ振り返ります。

「ほら今の見たでしょ?光りで攻撃をすれば、ヤツ等は瞬く間に消えるよ?」

 口調は穏やかなものの、何処か影の濃い冷淡な顔色には酷薄さを感じ取りました。この面構えは普段の笑みの中で隠れている彼の素ではないのかと思います。

「オマエの方がよっぽど退魔師に向いていると思うが?」

 私の横でオールさんが気持ちを零します。確かに先程の魔力はオールさん以上に凄かったと思います。

「やだよ、退魔師だなんて。血を浴びるし、汗臭くなるし、それに何よりいちいち乱れを直すのが面倒そうだもん」

 そ、そのような理由ですか!本気で嫌がる姿はいかにもナルシーのエヴリィさんらしいですね。

「さて…と、 とっとと片付けて、“あの女”の所に行かなきゃね」

 急に真顔になったエヴリィさんは状況を畳み込む言葉をかけ、そのまま彼は戦闘態勢へと入ります。彼は上空へと向かって手を翳すと、そこにいた皆が一斉に息を呑みます。

 彼の手の平から再びあの真っ白な光りが姿を現した次の瞬間には光りの世界が広がり、視界が奪われました。私は反射的に目を固く瞑ります。フラッシュを間近で浴びたような眩い光をまともに目にする事が出来なかったのです。

―――!?

 光りの包まれる中、魔物達の悲痛の叫び声が聞こえたような気がしました。それは一瞬の出来事であり、定かではありませんでした。

―――それよりもなんて光りの強い!

 眼球の奥がじりじりと焼けつくような熱さを感じます。本当にこの光りを浴びて目は大丈夫なのかと危惧を感じましたが、すぐに光りは緩和されていき、自然と瞼を開いておりました。

 …………………………。

 静寂な様子に呆けてしまいそうになりましたが、すぐに状況を把握して我に返ります。

―――?

 一度は目にしているとはいえ、二度目でも言葉を失いました。何故なら上空にいた群の魔物をたった二度の攻撃で一掃出来るのですから。しかも当の本人は乱れた様子の一つもなく、平然とされているのです。そして…。

―――!?





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