Birth43「白銀の青年」




「貴方は?」

 現れた人物に、私は警戒する目つきを向けて問います。相手はシルクのような艶のある真っ白なローブを着用されている男性でした。周りの霧と同化して少々霞んでいるように見えます。

 私の問いに男性は妖しげな笑みを覗かせています。それを機に徐々に霧が薄れ、嘘のように姿を消していきました。灰暗いですが、男性の風貌が明らかとなります。

 彼は額を覗かせた白銀の長い髪と同じ色をした大きな双眸、スッと筋の通った隆鼻、形の良い薄唇が締まった美しい顔立ちをされています。そして神秘的なオーラを揺らしている不思議な方です。

 彼は人間なのでしょうか。人外だと思わせる美貌は勿論ですが、このような魔物が潜む場所へと現れ、只者ではないのかもしれません。先程の霧といい、彼は何者なのでしょうか…。

 私は警戒心を強め、知らず知らずの内に、さらに相手へ鋭く訝しげな眼差しを向けておりました。そんな私の様子を見つめる男性からフッと笑みが消え、彼は何か思い立ったような表情へと変わります。

「貴女は魔導士ですか?」
「え?」

 問われて私は目を丸くします。印象に残る透明感あるお声でした。

「このような魔物が潜む森へ足を運ぶ者は退魔士か魔導士のどちらかです。貴女はそちらの杖を持っているので、てっきり魔導士かと思いまして」
「あ…」

 そうです。今でも私は杖をギュッと握って持っていました。杖に目を落としますと、未だに光を放っています。この光は何を示しているのでしょうか?とても気になりましたが、私は杖を懐に戻してしまいます。

 何故かは分かりませんが、むやみやたらにこの杖を他人に見せてはならないと思ったからです。いきなり隠したような行動をして、多少なりに具合が悪いとは思いましたが、気にせず私は凛とした顔つきでおりました。

「いいえ、私は魔導士ではありません」
「では貴方のような女性が、何故このような危険な森にいるのですか」
「この森を抜けた先にいらっしゃる聖獣のホーリー様にお会いしたいのです。の者が一緒に来ていたのですが、先程の霧で逸れてしまったようです」
「そうでしたか」

 私は差し触りがない程度に、お答えをしました。

「逸れてしまわれた、それは困りましたね。ここには少しでも長くいない方が賢明です。ホーリー様までの道のりはお分かりになりますか?」
「いいえ。ですので、先に連れの者達を見つけなければなりません」

 とても厄介な事になりましたね。オールさんとエヴリィさんを見つけ出さなければ、目的地には着けない事でしょう。その前に何事もなく彼等を見つけられるかが問題です。

 万が一魔物に狙われてしまえば、私はひとたまりもなくられてしまうでしょう。すなわちそれはお腹の世継ぎの命も絶たれてしまう事になります。それだけはなんとしてでも避けなければなりません。

「それでしたら私がホーリー様の所まで、ご案内を致しましょう。私もそちらに戻るところでしたので」
「え?」

 なんという偶然でしょうか。男性が助け舟のように思えました。今すぐにでも飛びつきたいところではありますが、まずはオールさんとエヴリィさんに会う事が先決です。

「その前に連れの者達を…」
「お言葉ですが、ここにへの長居は禁物です。お連れの方々も先にホーリー様の所へ行かれている可能性が高いでしょう。向こうで合流をされた方が貴女の身の安全とも言えます」
「……………………………」

 どうしましょう…。この方の言う通り、先を急いだ方がいいのでしょうか。しかし、オールさんやエヴリィさんが陛下の子を身籠っている私を置いて先に行かれるとも思い難いのです。お二人の事ですから、血眼になって私を探す筈です。その間にもしもの事があっては私は後悔し切れません。

 またこの男性にご案内をお願いした場合、本当にこの方を信用しても良いのでしょうか。今の時点で危険のない人だという保証はありません。とはいえ、ここでお断りをしても、この先の私の行く手はなくなってしまいます。下手に一人で行動するよりはこの方を頼った方が良い気もします。

―――本当にどうしましょう。

「迷われているようですね」

 私の複雑な表情を読み取った男性も悩まし気に問われました。

「あの…貴方こそ魔導士ですか?」

 彼が何者であるのか知るべきだと思うのです。少しでも情報が引き出せないか探ります。今の時点では先決すべきホーリー様にお会いする為、連れて行ってもらう方向に考えが傾いています。

「残念ながら私は魔導士ではありません」

 男性はおもむろに顔を横に振られました。

「では?」

 男性は再びあの妖しげな笑みを見せ、私の質問には答えてくれないようです。何故でしょうか。敵なので何も言えないのでしょうか。それとも…?

「さぁ、どうされますか?私は貴女の意思に任せます」

 促され私は選択に迷います。こういうのを究極の二者択一というのですよね。どちらを選んでも危険は伴います。それであれば…。

「分かりました。それではホーリー様の所に、ご案内を頂けますでしょうか?」

 私の答えに男性はまるでその答えを待ち望んでいたかのように満足げに微笑みました。それが妙に思えたのは私の思い過ごしであれば良いのですが。

「それではご案内を致しましょう。まずはこの危険な森を抜ける事が先決です」
「えぇ、宜しくお願い致します」

 私は軽く頭を垂らし、男性の後に続いて行きます。

「さぁ、参りましょう」

 男性は私に背を向け、歩き出しました。無意識の内に懐に入れた魔法の杖をそっと覗いていました。すると…?

―――また?

 私は目を大きく見張ります。杖が先程よりも眩い光を放っていたからです。そしてすぐまた懐の中へとしまいました。あれだけの光があっては返って目立ち、魔物達を即発とさせてしまうかもしれません。

―――一体、杖はどうしたのでしょうか。何かを訴えている訳ではありませんよね?

 意識が少しおぼつかない時でした。

―――ガサガサガサッ!

「え?」

 木の影から騒めく音が耳の奥へと響き、私は我に返ります。前方の大木から聞こえてきました。そこから…。

―――ゾクリ。

 なにやら得体の知れない黒い影が揺らめき、それを目にした私の背筋に寒慄が走りました。突然現れた「あれ」はなんでしょうか…。

「お気を付け下さい」
「え?」

 目の前の男性は私に背を向けたまま、力強い語調で伝えてきました。そのお声は先程までの爽やかな声とは相反していたのです。

―――今の意味は?

 それは私達の前へ現れた影の正体で分かりました。常闇の影をいびつに崩したような異形のもの…。

―――あれはまさか魔獣では!

 幻でも見ているのかと目を疑います。あのようなものを目にし、初めて魔物というものをリアルに認識しました。四肢を持ち漆黒に覆われている躯は歪で毛が棘のように逆立っており、唯一、瞳の色だけが金色こんzきで際立っていました。

 その目は鋭い金属の光を湛え、私と男性を睥睨へいげいしています。貫く視線と共に酷く殺気立てていました。明らかに私達を敵視しているのです。私はあまりの吃驚に言葉を失い、躯中が赤いシグナルに照らされ、危険を感じていました。

―――ドクンッドクンッドクンッドクンッ。

 脈打ちが乱調となり、キーンと耳鳴りが脳内へと響きます。張り裂けるような殺気が満ち、私はすがるようにして、目の前の男性へと視線を移しました。後ろ姿の彼から表情を読み取れませんが、魔獣を目でしっかりと捉え、肩に力が入っている様子でした。

―――ど、どうしたら?





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