Birth40「アティレル国王陛下」




「現在、容易に魔女は地上へは現れないとお聞きしましたが、王妃様に呪いをかけた魔女は王家と何か関わりをもっていたという事になりますか?」
「そうですねー」

 私の問いに、エヴリィさんは感慨深い表情へと変わります。今、彼に手伝いをしてもらいながら、私は人型の魔女に関する書物を探していました。そして質問の内容ですが、安易に地上へは現れない魔女が何故姿を見せたのか…です。

 恨みを買う出来事があったのならば、王妃様のご懐妊パーティ以外の日にも現れていたという事になります。それは一大事でありますので、関わりをもった方が黙っているとは思えません。

「一つ気になってはいたのですが、魔物は魔導士達が感知していますよね?魔女に対してはされていなかったのでしょうか?」v 「そこは…痛い所を突かれましたね」

 エヴリィさんは罰が悪そうな、なんとも苦い顔を見せます。

「そちらの魔女につきましては完全にこちらの抜けでした」
「魔物と違い、そうそうには現れない存在ですものね」
「いいえ、魔物同様に感知を心がけております。ですが、呪術をかけた魔女につきましては感知をした時には既に姿を現していたのです」v 「それはどういう?」

 たちまちに険しい視線を示すエヴリィさんから、重たい緊張感が流れてきました。

「私達が異変に気付くよりも、瞬間的な速さで現れた事になります。まさに瞬間移動に近いと言えるでしょう。さすがにゼニス神官レベルの方でも、出来兼ねる魔術です」
「ゼニス神官様でも、お持ちではない魔力となりますと、相当なお力ですよね?」
「おっしゃる通りです。呪術もレベルの高いものでしたが、この気を消す魔力からして、今回の魔女は並ならぬ力を持っている事が推測出来ます」
「恐ろしいですね」
「ご最もです。ですので、天神様のお力添えを頂きたい次第であります」

 うー、と唸りを上げそうになりました。ゼニス神官様以上の魔力を持ち、魔導士ですら脅かす存在の魔女を私が相手にするのですね。「お任せ下さい!」なんて、安易な言葉は返せませんよ。

 そもそも頼りにされている天神の力が出せていませんからね。それもあり、こうやって地道に魔女について、情報を得ようとしている訳ですよ。力がないのであれば、知識でなんとか切り抜けられないものですかねー。

「あら?」

 何気なく手にした本でした。ブラウン色の上質なハードカバーの本です。無意識の内に中を開いてみましたら、てっきり魔女についての内容かと思っていましたが、ある人物の挿絵に目が止まりました。

「こちらアトラクト陛下ですね」

 優美な礼服を身に纏われ、鋭く凛としたお姿の陛下でした。

「今よりも少しお若いでしょうか。もう歴史上の人物として書物となっているのですね」

 私は隣に並ぶエヴリィさんに挿絵をお見せします。ヒョッコリと覗かれたエヴリィさんはすぐに顔を横に振られました。

「いいえ、その方はアトラクト陛下ではございませんよ」
「え?」
「アティレル陛下です。既に600年ほど前にお亡くなりになっていますが」

 アトラクト陛下とこんなに似ていらっしゃるのに、別の方なのですね。物語の中ではありますが、実際にあるのですね。姿形が同じに生まれ変わる事が…。

「アティレル陛下はとても偉大な方だったようです。斬新な発想をお持ちの方で、食文化や魔術の技法など、その時代を担う核へ革命を起こされました。今のオーベルジーヌ王国が華の都となったのも、このアティレル陛下のお力のようですね」
「まぁ、素晴らしい方なのですね」
「はい。大変人望も厚く、どなたからも信頼を得ている方でした。ただ…」
「?」

 ここでエヴリィさんは口調が重々しくなりました。

「一生涯、独身を貫いた異例の国王陛下としても有名です」
「…?何故、ご結婚をされなかったのでしょうか?」

 国王陛下であれば、世継ぎも大事な役割の一つと言えますよね。

「詳細は分かりませんが、頑なにご結婚を拒んでいたようですね。噂によれば、禁断の恋をされていたようで、そのお相手の方以外は考えられなかったと言われております」
「一途な方だったのですねー」
「良く言えばです。陛下であれば、世継ぎを紡ぐのは必須の事ですが、その役割を都合上で放棄された訳ですからね」
「そうですよね。では世継ぎはどうされたのでしょうか?」
「第二王子アルア様のご嫡男が継がれました」
「そうだったんですね」

 国王陛下と禁断の恋ですか、凄いですよね。お相手の女性はどのような方だったのでしょうかねー。…そういえば、このアティレル陛下、私の夢に出てくる方に似ていらっしゃいますねー。

「こちらのアティレル陛下ですが、私の毎夜夢に出てくる方と似ていますね。今よりもお若いアトラクト陛下だと思っておりましたが」
「え?」

 私の言葉に、エヴリィさんは大きな瞳を揺るがせ、芯から驚いているようでした。

「どうされましたか?」
「このアティレル陛下が毎夜夢に出て来られるんですか?」
「アティレル陛下なのか、お若い頃のアトラクト陛下なのか分かり兼ねますが、夢に出てきていますよ。それと必ず艶やかな長い黒髪の女性と一緒にいらっしゃいます。でも何故か女性の顔は見る事が出来ないんですよねー」

 あの女性は美化した私かもしれません…なんて図々しい事は口に出せませんけどね。

「え?」

 さらにエヴリィさんの表情が強張ります。

「エヴリィさん?」
「…………………………」

 私の声が届いてない?微動だに出来ぬ程、茫然とされているエヴリィさんの様子は明らかにおかしいです。いつもおチャラけている彼が、このような表情をされるのは何故なのでしょうか?

「艶やかな長い黒髪をもつ女性ですか?」

 まるで独り言のように呟く彼でしたが、私は「はい」と、お答えをしました。

「そちらの女性は髪が腰よりも長く、スラリとしたスタイルの方でしょうか?」
「そ、そうだった気がします」

 艶やかな髪と聞けば、美人でスタイルが良いと思われたのでしょうが、女性は私かもしれないので「そうですよ」と、素直に答えらえませんよね。まぁ、確かに夢の中では腰よりも髪が長く、スタイルが良いですけど。美化されているので。

「……………………………」

 エヴリィさんは引き続き口を閉ざし、難しく突き詰めて考え事をされているご様子です。どうしたのでしょうか…?本当に彼らしくありません。

「あの?エヴリィさん」

 私が覗き込むように見上げると、彼はハッと我に返り、いつもの笑みを広げます。

「…あぁ、急に失礼を致しました。毎夜、同じ方達の夢を見られるというのは不思議ですね。どうやら恋人同志の映像をご覧になっているのでしょうか」
「え?」
「どうされました?お顔が紅潮とされていますよ?」

 今度は逆に私が口を噤み、エヴリィさんが不思議そうにされていました。あれは夢ですし、そんなに深く考えてはいませんでしたが、確かに恋人同士が仲良くしている映像ですよね。

 若い頃の陛下と美化した自分が恋人同志だなんて、なんとまぁ恐れ多い事でしょう。これも毎夜、陛下に抱かれている温もりが、夢にまで現れてしまっているのでしょうか。

 そう考えますと、顔に熱が集中してしまったようで、それをエヴリィさんに気付かれてしまいました。心拍数まで上がって乱れてしまい、動揺を隠し切れません。何故このような状態になったのか、自分でも分かりませんが。

「あのっ、エヴリィさんは今回の魔女の件をどうお考えなのでしょうか?」

 私は苦し紛れに別の話題をと、シリアスな内容を口に出しました。妙な切り替えしの仕方でしたが、エヴリィさんは神妙な顔つきに変わります。
「そうですね、何を思うにも情報が少なすぎて考えようがありません」
「そうですよね」
「ただ…」
「?」

 なんでしょう?空気がビリッと凍ったように凛と張り詰めます。

「何かご存じなのですか?」
「いいえ、何も…」

 エヴリィさんは顔を横に振られ、それ以上の事は何も言葉にされません。そして柔和な笑顔の奥に何かを秘めているように思えたのは私の思い過ごしでしょうか。

「沙都様」
「はい」

 再びエヴリィさんは真剣な表情へと変わります。

「沙都様は私がお守りします」
「え?」
「例え、この命を投げ捨てる事があろうとも、私は貴女をお守り致します」

 そう決然と言い放つエヴリィさんは私の右手をご自分の胸元の前で握ります。その手から感じる熱から彼の真剣さが伝わってきました。

―――ど、どうされたのでしょうか、エヴリィさんは…。





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