STEP90「一世一代の愛の告白!」




「殿下…?」

 私が名を呼ぶと人影がユラリと揺らいだ。ここのバルコニーは思ったよりも灰暗くて明瞭に判断出来なかった。

「ヒナ?」

 この穏やかな声はルクソール殿下だ。アッシズから教えてもらったように、殿下はさぞ麗しい姿であろうに、良好に見られないのがとても残念だった。でも暗くとも殿下のオーラが異彩を放っているのは感じ取れる。そして私は殿下の隣に肩を並べた。
「あの、アッシズさんから殿下がここにいると聞いて来たのですが」
「そうか、わざわざ来てくれたのだな」
「殿下?」

―――なんだろう?

 なんと言ったらいいのかわからないんだけど、殿下の様子に違和感を覚える。顔色が窺えないから余計に。ただの私の考え過ぎだろうか。

「殿下、どうして一人でこちらに?」
「少し夜風に当たりと思っていた」
「気分が?」
「そう深刻な話ではない」

 良かった。殿下の声色からして本当のようだ。

―――まだグリーシァンとの傷は癒えていないのだろうから。

 …………………………。

 やや沈黙が流れて、私は妙な気分になった。殿下との間の空気がいつもと違うような…。

「あ、あの殿下。王太子とサロメさん正式に婚姻が結ばれて、本当に良かったですね」

 妙な空気に堪えられず、私は自分から殿下へ話題をふった。

「そうだな。色々とあったが、ようやく兄上の幸せな姿を見られるのは、こちらとしても自分の事のように嬉しく幸せに思う」
「殿下…」

 なんと兄思い!いつでも何処でも殿下は王太子の事を一番に思っている。こちらが妬けちゃうぐらいにね!

「今後の我が国は安泰が約束されるだろう。それに父上も母上も喜んでおられる」
「本当に良かったですね」
「これもヒナの頑張りがあったからだな。グリーシァンを捕まえられなければ、今の幸せはなかったのだから」
「いえ、そんな。私の力がなくてもネープルスさんがいれば、最終的にはグリーシァンを捕まえられたのではないでしょうか」

 自分の頑張りを否定するつもりはなかったが、上級魔術師のネープルスさえいれば、事は上手く運ばれていたのではないかと思う。彼は最初からグリーシァンがジュエリアではないかと疑っていたようだし。

 ていうか、それをとっとと殿下やアッシズに伝えていたら、こんな事が大きくならなかったのではないかと……今更そんな事を思うのは良くないんだろうけど、そう思わざるを得ない。

「いや、ネープルスはヒナがいたから力を貸したのだ」
「え?でも彼は殿下の味方ですよね?もとい力を貸していたのではありませんか?」
「それは有り得ない。ネープルスは薄々ジュエリアがグリーシァンではないかと気付いていたようだが、決してそれを伝えようとはしてこなかった」
「なんででしょうか?」
「ネープルスはオレの味方ではないから…だろうな」
「え?」
「アイツは誰の味方でもないんだ。例えオレが頭を下げて懇願したところでも、力を貸そうとはしなかった」
「そ、それってヤバイ話じゃないですか!だって彼はグリーシァンがジュエリアではないかと気付いていて報告しないだなんて!」
「そう厳しくみないでやってくれ。ネープルスの中でも確証があったわけでないからな。グリーシァンと仲は良くなかったが、あれでもネープルスは仲間を下手に売ろうとしない、アイツなりの優しさがあったのだ」
「でもグリーシァンさんはネープルスさんを蹴落とすような行動を取りました」
「グリーシァンはどうであれ、ネープルスは自分の色を見失わない」
「そう…ですか」
「そんなネープルスが動いたのはヒナの頑張りをずっと見ていたからだ。ヒナの処刑が近くなった時、オレは駄目元でネープルスに力を貸して欲しいと懇願した。そしたら力を貸すと返事をもらい、心底驚いた」
「そうだったんですか?」
「とはいえ、簡単には手を貸すとは言わなかったが」

 殿下が苦笑しているのがわかった。

「マラガの森の試練が力を貸す条件となった」
「あ…」

 言われて私はそうだと納得する。すぐ課金とか言うネープルスだからね。相手が王子様でも易々と力を貸さないだなんて、ある意味彼は最強なのか?

―――そういえば…。

 ここで私は思い出した事があった。ずっと殿下に聞こう聞こうと思って聞けないままになっていた事だ。

「殿下、マラガの森の試練の時ですが、私に力を貸してくれましたよね?私はまやかしの声に惑わされていて、本当はあの試練を成し遂げられないところでした」
「……そうだったか?俺には身に覚えのない事だ」

 って、殿下は言葉を返しましたけど、うん、絶対にすっ呆けていますよね?私は心の中で盛大に殿下へと突っ込みを入れた。……もしかして手を貸した事をネープルスに知られるのが具合いが悪いとか?

「そういう事にしておきますね」

 と、私は殿下の話に合わせておく事にした。知らぬフリをする事も大事。

「ヒナ、今後もまた宮廷の女中として働く事になったようだな?」

 何気に殿下が話題を変えた。さっきの話にはこれ以上触れて欲しくないのだと察した。

「え……あ、はい。あのその節は有難うございました」
「お礼を言う必要はないぞ。オレはなにもしてやれてない」
「いえ、私がすんなりこちらで働かせてもらえる事になったのも、殿下のお心遣いがあっての事かと思っていたのですが」
「いや、オレはなにも父上に口を挟んでいない。ヒナの頑張りを素直に父上は聞き入れたのだ」

 それが本当なら驚愕する。身元不明な私を国王が住む王宮で働かせるだなんて。それだけジュエリアをとっ捕まえた事が大きな出来事であったと改めて実感した。

 …………………………。

 ここでまた沈黙が降りてしまう。なんでだろう、今日ばかりは会話に間が空いてしまう。

「ヒナ」
「は、はい」

 殿下から名を呼ばれて、変に畏まって返事をしてしまったよ!

「オマエはそれで良いのか?」
「え?」
「女中として働いていく事に」

 殿下からの思ってもいない問いかけに、言葉が喉元で閊える。今の殿下の問い方だと何処か不満に思われているのがわかる。

―――私がここで働く事に反対しているのだろうか。

「か、構いません。ですが、もしかして殿下は私がこちらで働く事に不満を抱いているのですか?」
「そうは思っていない」

―――ではなんで?

 殿下の顔色が見られないのが切ない。彼がなにを考えているのが声色だけでは感じ取れないのだ。

「ただ…」
「ただ?」

 殿下の零れる言葉の続きを待つ。ドクンドクンと私の脈打ちが激しい。

「王宮での生活は堅苦しいだろう?ヒナには色々と可能性がある。ここで働く限り、ヒナの本当の才能を活かせないのではないか?」
「そ、そんな事はありません!女中の仕事も立派な仕事ですし、それに身寄りのない私ですので、ここから離れたら生きる道がありません」
「住む場所や働く場所に囚われてここに残るというのであれば、オレが住む場所を用意してやろう」
「え?」

 殿下のせっかくの厚意であるのに、私は頭を殴られたようにショックを受ける。意識が闇に覆われるていくような感覚だ。

―――殿下はやっぱり私に王宮ここから離れて欲しいのかもしれない。

 考えてみれば殿下は私の気持ちを知っている。それを疎ましいと思っているのかもしれない。私はシュンとした気持ちになって顔を伏せた。なににせよ、いずれ私はこの王宮から離れる時が来るのかもしれない。

―――そう思っても、やっぱり私は殿下へ対する気持ちは変わらない。

「私の事が迷惑でなければ、どうかこちらに残させて下さい。私は少しでも殿下に近くにいたいんです」
「ヒナ?」
「もう既にお気づきだと思いますが、私は殿下が、ルクソール殿下の事が好きなんです!身分違いの厚かましい想いを伝えている事はわかっています!でも私はずっと前から、この気持ちを殿下に伝えたいと思っていました」
「ヒナ…」

 流れの勢いで、とうとう私は内に秘めていた想いを殿下へと告げた。色気もへったくれもないし、どうみても見込みのない告白なのだけど、伝えられる時に伝えておきたかった。この先またなにが起こるかわからないのだから。

―――牢獄に入った時のあのような後悔をもうしたくはない。

 …………………………。

 殿下からなにも返事がない。それはそうだ。いきなり告られて、なんて断ったらいいのか迷っているのだろう。

―――ドクンドクンドクンッ!

 もう心臓がもたなさそうだ。間が空けば空くほど、ジワジワと熱が躯を焦がす!辺りが暗くて良かった。殿下にまともに顔を見られていたら、沸騰して昇天していたところだもの。

 生まれて初めて告白は思ったよりも、心臓の負担になっているようで破裂寸前となっていた。あぁ~お願いです、殿下。お断りでも構わないので、なにか言って下さい。神に縋るような思いで私は願った。

「ヒナには自由が合っている」
「え?」

 やっと殿下から返ってきた言葉なのだが、私は既視感を覚えた。

―――今の言葉…?

 以前にも同じ事を言われた憶えがある。……確かチェルシー様をジュエリアではないかと疑っていた頃で、とあるお茶会の様子を覗いていた時だ。同じセリフを言われて、その時も何故殿下がそんな事を言ったのかわからなかった。

「殿下、今の言葉は?」
「ヒナはここ・・から離れて欲しいのかもしれない。

にいるべきではない」
「殿下、なにを…?」

 私は言葉の意味が理解出来なくて困惑するが、それよりもなにより……嫌な予感が躯に纏わり付く。

「自分の世界で自由に生きろ」
「え?」

―――ドンッ!

 自分の身になにが起こったのかわからなかった。一瞬の出来事だった。殿下から躯を強く押されたかと思ったら、急に視界がグニャグニャと歪んでいき…。

―――世界が変わる!

 咄嗟にそう思った。それがここでの最後の記憶となったのだ……。





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