STEP87「ジュエリアと最終決戦」




 魔力の一つも持っていない無能な私がグリーシァンと戦うというだけでも、とんでもない事なのに、さらに魔剣でアイツを貫けと言うの? しかもその魔剣はネープルスが変化へんげするとかなんとかって、もう! 展開についていけない!

「む、無理ですよ! わ、私にはあんなヤツに剣すら向けられるか、そ、そもそも私は人を貫けられません!」

 貫くって事は……つまりアイツの命を奪うという事になる! 私は人殺しになんてなれない!

「ヒナちゃん……ボクを信じて」
「え?」

 ドラゴン姿のネープルスなのに、彼が真顔で私を見据えている姿が浮かぶ。

「なにより君自身を信じて。君ならやれる。ルクソール殿下の守ってきたこの国をどうか守ってくれ」
「……っ」

 殿下の名前を出されて、私は出来ないと言えなくなっていた。ここで私がノーと否定したら、殿下の守ってきたこの世界が壊されてしまうのだ。彼は最後まで命を懸けて、この国を守っていた。

 ――今、この国を救えるのは私しかいない!

 私は自分に言い聞かせた。殿下を失った時点でとっくに冷静さなんて決壊している。であれば、狂い続けてアイツを倒す!

「わかりました。私やります!」
「さすがヒナちゃん。……じゃぁ、行こう。今のグリーシァンは高揚状態になっていて、その浮き立つ心に僅かな隙が生じている。そこを透かさずに突く」
「隙?」

 ――なんてあるのか。アイツは完璧に構えているようにしか見えないのだけれど。

 でもここはネープルスの言葉を信じよう。

「わかりました。ですが、隙を突くまでどうやって向かうんですか? グリーシァンに近づきたくても、向こうは猛攻撃ばかりで近づく事は至難です」
「うん、だから一時的なまやかしに過ぎないけれど、これから分身の術を使う」
「ぶ、分身?」
「全部で百体ほど作るよ」

 ――ぶ、分身の術ってなんだ!

 意味は理解出来るけど、現実味がわかない。

「そ、そんなに作るんですか!」
「ちっとやそっとの数ではすぐに見破られてしまうよ。数が多ければいいってわけではないけれど、本物のボク達を見つけるまでの時間稼ぎにはなる。とはいえ、与えられる時間はほんの数秒だけ。分身の術を放ったら、すぐにグリーシァンの元へと走るから、ヒナちゃんは心の準備をお願いね」
「わ、わかりました」
「じゃぁ、すぐにいくよ!」
「はい!」

 ――ピカッ!!

「うわっ!」

 突然ネープルスの躯から閃光が放たれる! 構える暇もない内にネープルスが魔術を放った! それから徐々に映し出されていく光景に、私は唖然となる! 周りには物凄い数の私とネープルスのダミーの群が蠢いていたからだ!

 ――本物リアルに凄い!

 本物と見分けがつかないほどの完璧なダミーだ。脱帽しているのも束の間、ネープスが走り出した。

 ――うわっ、振り落とされる!

 私は本当に振り落とされないよう、必死で目を開いてネープルスが進む先を見つめる。視線の先には本物の私達を探しながら、ダミーと戦うグリーシァン姿があった。ダミーは見てくれだけではなく、動きも相当リアルだ。

 あれだけの数のダミーをリアルに作り出すネープルスの魔力レベルもかなり高いといえる。私はネープルスの力を信じ、改めてグリーシァンを倒す覚悟を決める。まだグリーシァンは私達ほんものには気付いていない。

 そしてネープルスはダミーに紛れて上手く近づいてくれている。このままいけば、あと数秒でヤツの前まで行ける! そう思っていたのが……甘かった! 背後から近づく私達へと向かって、突如グリーシァンが手を翳してきた!

 ――嘘っ!? まさか気付かれていた!?

「そこかっ!」

 顔だけ振り返ってグリーシァンは攻撃魔法を放った! それよりも先にネープルスは攻撃を予測していたのか、それを回避するように旋回し、さらにダミー達の輪の中へと紛れ込む!

 すぐに数体のダミーと共に凄まじいスピードでグルグルグルグルと旋回する。きっと、これはどれが本物かグリーシァンにわからないように回っているのだろう。そしてネープルスはダミーと旋回しながら、確実にグリーシァンの方へと近づいて行く。

 ――うわぁああ~~~~!! 目が回る!!

 時速何百キロのスピードで旋回され、目を開けていても閉じていても恐怖は変わらない!

「ヒナちゃん、突っ込むよ!」

 ネープルスの言葉で、私は歯を食いしばって飛び込む覚悟を決める! しかし、そこにまたグリーシァンのドラゴンから、緑色の毒々しい液体物が大量に放散された!

「食らえ! これで最後だ!」
「ぎゃぁああああ~~~~~~!!」

 直撃を食らうと思った私は喉が張り裂けそうになるぐらい叫び声を上げる! 間一髪のところでネープルスがグルりと旋回してくれたおかげで当たらずには済んだが、何体かのダミー達が直撃を受けてしまい、一瞬でプシュゥ~と溶けて消え失せてしまった!

 ――なに今の!?

「ヒナちゃんっ! 飛び込むよ!」

 茫然としている暇などなかった。

 ――……え?

 グリーシァンと黒いドラゴンの真上に回ったネープルだが、今度は彼らの元へと急降下していた! それから一瞬の出来事だった。ドラゴンだったネープルスが光り輝く剣の姿に変わり、私の手の中へときれいに収まった!

 私は急降下する躯の重力にも負けず、不思議な力に導かれるようにして、真下にいるグリーシァンへ剣を振り下ろす! ヤツは寸前でこちらに気付き、攻撃をかけようとしていたが、もうその時には……。

 ――これで最後だ! グリーシァンジュエリア!!

 光り輝く魔剣がグリーシァンの右肩を貫いたのだった……。

❧    ❧    ❧

 ――……っ…………っ。

 あれ? なにかが聞こえてくる。なんの音だろう?

 ――……ど……し……て?

 え? なに? 音じゃない、誰かが話をしている? ……男の子の声? 声は直接私の頭の中へと響いてくる。

 ――どうして……どうして?
 なにがどうしてなの? どうしたの? アナタは誰?

 ――どうして認めてもらえないの? なんでどうして?

 なに? なんの話をしているの? この声の正体や今の自分の状況がどうなっているか把握したいのに、なにも見えないのだ。暗闇に呑まれているこの世界に「意識」だけがあるような感じだ。

 ――生まれがここだから? ここというだけで認めて……いや否定されてしまうの? そうなの? ……そうなんだね。

 少年の悲しみに溢れた声に、何処か冷めた感情が含まれている事に気付く。それは明らかな諦念に聞こえた。

 ――オレはこんなところでは終わらない。

 え? 少年からとても力強い意志が伝わってくる。それから声が聞こえてくる事はなかった……。

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。


 光に照らされているのだろうか。さっきまでは真っ暗闇の世界にいたのに、今度は朝日のような心地好い眩い光に包まれていた。

 ――あれ? ここは?

 顔に暖色の光を浴びながら、私は夢から呼び起こされた。視線の真上に見事な青空が広がっている。

 ――私はどうしていたんだっけ? ……ハッ! そうだ、グリーシァン!

 大事な記憶を蘇らせた私はすぐに行動を起こす! 視線をめいいっぱい泳がせると、ある一点に意識を持っていかれ息を呑んだ! 後ろ姿のネープルスが見え、彼は視線を落として佇んでいる。そして視線の先には横たえるグリーシァンの姿があった!

 記憶の中では確かに私は魔剣でグリーシァンの肩を貫いた。恐ろしい出来事なのだが、それ以降の記憶が全くぶっ飛んでいて、なんで今まで地面の上で眠っていたのか、その経緯デいきさつはなにもわかっていなかった。

 ――グリーシァンは生きて……いるのか?

 ドクンドクンと心臓の音が乱れ始める。見ている限りネープルスとグリーシァンの二人が揉み合っている様子はない。私は躯がガクガクと震えていたが、恐怖を振り払ってネープルスの元へと駆け寄る。

「ネープルスさん!」

 私の声にネープルスは振り返る。それよりもグリーシァンの視線が私を捉えた時、私の動きは止まった。本能なのだろうか、危険を感じたのだ。鉛のような重々しい空気に息苦しさを覚える。そこにネープルスの声が入った。

「大丈夫だよ。今のグリーシァンはなにも出来ないよ。魔法で躯が痺れに蝕まれている。今は話す事もままならない。それに痺れは魔力も狂わせるから、まともに魔法を使う事も出来ないよ」
「そう……ですか」

 話を聞いて私はホッと安堵を抱く。そして改めてグリーシァンを見つめると、ヤツは髪も服装も乱れ力尽きた姿で横たわっていて、かつての麗しき威厳は損なわれていた。こんな弱々しい姿のヤツを見る時がくるなんてね。

 ところがヤツにとって最後の矜持だろうか。決して屈しないといった力強い眼差しを向けられていた。そこに明らかな殺意が含まれている事に気付いた私はゾッと背筋が凍った。

 私はグリーシァンを目の前にして色々な感情が生じていた。まずは殴ってやりたい! コイツのとんでもない欲の為に、どれだけの人が犠牲になったのか! 私だけじゃない。王太子、サロメさん、チェルシー様、そしてルクソール殿下は命まで落とした。

 殿下の事を思い出すと、私の目頭がグッと熱くなる。その込み上げてくる感情が爆発してしまいそうで、私はギュッと拳を握って堪えていた。それでも躯がプルプルと怒りで震え上がる。そして私が取った行動は……。

「グリーシァン、アンタ本当にざまぁないわね」

 私は腰を落とし、ヤツの顔を見据えて吐いてやった。グリーシァンがジュエリアの姿で、一番最初に私の前へと現れた時、吐き出した言葉だ。あの時、コイツは殿下の事をざまぁないと暴言を吐いた。今、思い出しただけでも腸が煮えくり返るわ!

「ペッ!」
「ちょっ!」

 グリーシァンは私に向かって唾を飛ばしてきて、見事私の顔にかかった!

 ――キショー、コイツ!

 私はゴシゴシと顔を拭いた後、グリーシァンを殺す! と言わんばかりに睨み上げる。ヤツは平然……むしろ歪んだ笑みを浮かべているように見えた。口を動かす事もままならない筈なのに、意地になって唾を吐き出したな!

 ――それだけ今のヤツは腹を立てているという事か。

 それだけでも私にとっては「ざまぁ」だ。

「そんな事して満足?」

 私の隣に立つネープルスが冷ややかな面差しで、グリーシァンに問う。

「フッ……もう……あの第二王子が……いなくなった……だけで満足だ……王族達の……痛手を……負わせて……やれたからな」
「コイツ!」

 嘲笑うグリーシァンの姿に、とうとう私は感情を爆発してヤツへ掴み掛かろうとした。しかし、ネープルスに腕を掴まれ引き止められてしまう。

「放して下さい、ネープルスさん! コイツをフルボッコにさせて下さい!」
「その必要はないよ。……グリーシァン、君の負けだよ」

 ネープルスは顔を上げ、視線を先へと送る。おのずと私も視線を追ってみれば……時が止まったように思えた。自分の目を疑う。だって信じられない光景を目にしているんだもの!

 目の先には煌々と輝く金色の髪、宝石のアメジストのように美しい紫色の瞳、白馬の王子様という名に相応しい風姿、一目見ただけで誰もが魂まで震わせる圧倒的存在の……。

 ――ルクソール殿下! 嘘、どうして!?

 驚きよりも殿下が生きていた喜びの方が勝り、その嬉しさは涙となって溢れ返った。

 ――あぁ、殿下殿下!

 そんな私の幸福感に包まれる最中さなか

「くっそぉおおお――――――――!!」

 グリーシァンからなんとも言えない恐ろしい叫声が上がった! 殿下を亡き者にし、王族に苦しめたという優越が見事に砕かれたのだ。ヤツは完全なる敗北を感じたのだろう。そしてこれがヤツに対しての……。

 ――一番の「ざまぁ」になったのだ……。





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