STEP85「燃え立つ激戦」
「ぎゃぁああ――――!!」
燃え盛る炎を目の前にした瞬間、自分が燃えカスとなる姿が浮かんだ!
――あぁもうこの世の終わり……。
そう諦めの思いは僅か0・1秒にも満たなかったと思う。視界が急転し、嫌でも生きているという実感を味わせられる。本気で躯が引き千切られるんじゃないかと思うほどの風圧に襲われ、世界がグルグルと回る!
「ぎゃぁああ――――!!」
完全なるリアルな絶叫だった。遊園地の絶叫マシンなんて可愛いもの。もうなにが起きているのかも全く把握出来ず、ひたすら暴風に打たれっぱなしであった。唯一わかっている事はグリーシァンの炎の攻撃から免れたという事だけだ。
しかし、ゴォオオオー! という炎が荒れ狂う音は何度も私の耳を恐怖に震わせる。熱量も焦げ臭さも肌を灼くように感じる。漫画やアニメのように難なくドラゴンに乗って戦うだなんて、現実はそんな甘くない!
なんで私が戦いの場に入っているのだ! 私は戦場の女神でもなんでもない、ただの凡人だ! そんな私がこんなところに入ったら、ただの自殺行為のなにものでもない。このゲームは私に対する扱いが酷すぎるわ!
「ネープルス! もっとグリーシァンと距離を取れないか! ヒナが振り落とされないか気掛かりで集中出来ない!」
「無理だよ! 距離を取るにもすぐにグリーシァンに追いつかれる。ヒナちゃんには風圧を無化にする魔法と重力をつける魔法をかけてあげて!」
殿下とネープルスの二人がなにか会話をしたように聞こえた。その時、躯の中にグッと熱さを感じた。
――なに?
シャットダウンしていた瞼を思わず開いてみると、不思議な事に風圧を全く感じず、躯もさっきまで浮き上がってばっかだったのが、今はドラゴンの背にピタリと密着していた。それと視界が良好になっている。
――な、なにが起きたの?
ネープルスはグルグルと旋回して揺れ動いている筈なのに、どういうこっちゃ! 私はたてがみをギュッと握り直して、状況を把握しようと試みる。ドラゴンの動き一つが空全体を大きくどよめかせていた。
さっきまでグルグルと回って、なにも視界に捉える事が出来なかったけれど、見えるようになったらなったで、リアルに戦慄が走る! 思考が全力でこの現実を拒否っている。受け入れろというのは無理な話。
前方には暗闇色のドラゴンに乗っているグリーシァンの姿が見える。ヤツは完全に戦闘態勢へと入っていて、殺気立ているオーラがこちらの肌を刺すように伝わってきていた。それに私の躯は竦んでいたが、背後に立つ殿下とネープルスは冷静に状況を呑み込んでいた。
「あのドラゴンの属性は火か? 炎の攻撃ばかりかけてくる」
「あれは無属性だよ。どの属性にでも優れている。味方であれば心強いけど、敵ともなればとんだ厄介者だ」
「まずはあの喉元から噴き出す炎を止めなければならないな。……氷で対抗するか」
「そうだね。あれは舌から炎を作り出しているみたい」
「であれば舌ごと氷漬けにしよう」
「ルクソール、来るよ!」
グリーシァンのドラゴンはグルグルとこちらに向かって旋回してきた。その動きに合わせてネープルスが踊り出る! もうすべての展開が瞬時すぎて私の思考はついていけないっての!
向かって来るドラゴンは大口を開け、真っ向に疾走してきたように見えたが、私達に近づく直前で旋回して向きを変えた。その予想外の動きによって、こちら側に一瞬の隙ができ、そこに尻目を向けていたドラゴンからアイビームを放散された!
それだけでも度肝を抜かされる光景だったが、さらにグリーシァンがアイビームに向かってなにやら魔法をかけ、ビームがより強烈な炎で燃え盛り、私達目掛けて刃を向けてきた!
――ぎゃぁああ――――!!
炎の光線に貫かれて燃やされると思った私は反射的に身を屈めて蹲る。それからピカッとした青白い光が眼裏に焼き付き、その光の正体がなんなのかわからなかったが、すぐにピキピキピキッ! と、鋭利に軋む音が轟いてきて、私は身を震わせながら蹲った。
…………………………。
身に何も振り落とされていないようで、私は伏せていた顔をゆっくりと上げる。
――え、なに? 氷柱!
垂直に伸びていたビームは青白い氷によって固められていた。……これは殿下かネープルスのどちらかが、ビームを凍らせたのか。一先ず、私はホッと息をつ……く事は出来なかった! 何故なら……。
――グォオオオ――――!!メキメキメキメキ!!
氷柱は奇妙な音を上げながら、フルフルと震え上がっていた。……これって、ま、ま、まさかだと思うけど!
――パリンッパリンッパリンッパリンッ!! ブォオオ――――!!
予想通り! 氷柱が綺麗に劈かれ、炎の光線が姿を現して私達へと襲い掛かってきた! 炎の力の方が勝って、氷柱を溶かしてしまったようだ。
「いっやぁあああ――――!!」
私の叫声は炎の爆風に呑み込まれ、世界がグルグルと渦巻っていた。あまりの恐怖に視界を閉じる。今は生きているという事しかわからない。肌を突き刺す熱さや焦げ臭さが次々に湧き起こる。連続に攻撃を受けているのだろう。
――グルグルグルグル!
攻撃を避けているのか旋回しているのがわかる。目が回りそうなほどハイスピードで、私はたてがみにしがみついているのがやっとだった。
「ネープルス、氷の属性が全く効かない!」
「相手の能力の方が高いから呑み込まれるんだよ! 氷が駄目なら次は風で炎を吹き飛ばすよ! ボクが有翼を羽ばたかせて風魔法を作り出す。ルクソールも同じく風魔法を作ってボクの風魔法と結合させて! グリーシァンの使っている二重魔法をこちらも亜流するよ」
「わかった」
この凄絶の中、殿下とネープルスが会話を交されるのを耳にして、私は無意識の内に閉じていた瞼を開いた。同時に再びドラゴンの炎の攻撃が襲ってきて、目を開いた事に後悔する。怖いのに目を閉じられない。
そこに今度はネープルスがバサバサと翼を羽ばたかせてきたものだから、目の前に突然嵐が訪れたように、私の躯は大きく揺れ揺れとなって平衡感覚を失う。
――なになになに今度はなに!?
振り落とされないように、私は必死にたてがみにしがみつく。
――ブッォオオオ――――――ン!!
「んぎゃっぁああ――――!!」
形容し難い轟音が私の躯ごとグルグルと渦巻く。燃え盛る音と竜巻が対立して、空一面にとんでもない現象が起きていた。
――もう無理無理無理カタツムリィ~~!!
どんなに叫んだところでも戦いは終わらない。次から次へと魔法と魔法が激突し合い、空がなんとも言えない光で炎上していく。その内に異変が起きる。グルグルとした竜巻が炎を取り囲むようにして渦巻き、そして最後に炎を吹き飛ばした!
――い、今のは! こちら側の風魔法がグリーシァンの火の魔法を撃退したよね!
ここで勢いがついたこちら側は風魔法で次々と攻撃していく。ずっと攻撃的だったグリーシァンと黒いドラゴンだったが、勢いを増した風魔法の前では若干押され気味で、防御態勢に入っている。これならイケるのか! そう淡い期待が生まれた。
ところが、その期待はものの数秒で打ち砕かれる。グリーシァンはただ風魔法から逃げ回っていたわけはなく、その間も次の作戦を練っていたのだ。また急展開が起こる! ここで何故かもくもくと雨雲が空一面に広がり始める。
それは僅か数秒の起こった出来事だ。今すぐにでも大雨が降り出しそうな真っ黒な雨雲、直感的になにかヤバくないかと躯が震える。なにこの禍々しい天気は! 急な天候の変化に目を奪われて戦いが一瞬停滞したように見えた。
しかし……。
――ピカッ!
雨雲の一部に雷光が垣間見え、その瞬間、私は本能的にヤバイと身が震え上がる!
――ピカピカゴロゴロ―――――――ン!!
空一面に轟く音と共に、雷光が次々と私達へ向かって牙を剝く!
「きゃああっ!!」
――雷光を浴びる!
強烈な光が間近にし、私は打たれる覚悟をして目を伏せた! その時、躯がなにかに包まれたような感覚があったのは気のせい?
――……ではない?
雷光ではなく、なにか水飛沫のような冷たいものが肌を浸した! 私は恐る恐る目を開いてみると、しっかりと殿下の腕の中にいる自分に驚く! 殿下は私を守るように躯を包んでくれていた。殿下の懐はとても温かい。
――ドッキュ――――ン!
と、鼓動が奏でるところにだ。再び雷光が鳴り響いた!
――ピカピカゴロゴロ―――――――ン!!
反射的に瞼を閉じようとした時、視界に「ある物」が映った。
――ザァアアア―――――――!!
それは雷光が振り落とされるのと同時に流れ込み、そして雷光を一溜りもなく呑み込んだのだ! イグアスやナイアガラほどの大滝が空へと向かって逆流し、雷光を打ち消した! アクション映画のワンシーンのような壮絶な光景に、呼吸をする事すら忘れてしまう。
その後、激流は虹が消えるように緩やかに姿を消していった。私は開いた口が塞がらない。な、なに今の現象は! 地上から滝が流れ込んできて、雷光を呑み込んだっていうの!?
「ナイスだよ、ルクソール! 地上の水を利用して雷光を撃退するだなんて、高度な魔法だったよ。しかもヒナちゃんを守りながら、立派な王子だ!」
ネープルスは殿下に大絶賛の声を上げた。さっきの現象はルクソール殿下の魔法で起きたんだ! あんぐり!
「あぁ、なんとか間に合って良かった。あんな雷光に打たれたら一発であの世行きだ」
「そうだね。でも今のルクソールの水魔法がある限り、グリーシァンの雷魔法は無効化されるね」
――え? さっきの雷光って自然現象ではなくて、グリーシァンの魔法だったのか!
殿下の水魔法も凄いと思ったけど、グリーシァンが生み出したという雷光もとんでもない魔法だ。さすが最上級の魔法を駆使する二人の戦いは凄絶すぎる。本当に心臓がいくらあっても足りないわ。
ここまで突風の出来事の連続で昇天しかけてばっかなのに、決着の兆しが全く見えない。この戦いはいつまで続くのだろうか。際限ない不安と恐怖に胸がいっぱいで、どうにかなってしまいそうだった。
そして私達はグリーシァンと一定の距離を保って、対峙し合っていた。ヤツは連続して雷攻撃をかけてくるかと思ったが、殿下の水魔法の方が勝っているのか攻撃をかけてこない。むしろ雨雲は切り離されて行き、青空が見え始めた。どうやら雷攻撃を諦めたとみた。
「上級魔力ともなると、一筋縄ではいかないようですね」
「互いにな」
あっと言う間に空が青一色に姿が変わると、グリーシァンが話しかけてきた。それに殿下は淡々と応える。戦いが始まってから、ひたすら攻撃の連続で一切会話など交えていなかった。疲れが出て会話でもして体力の回復を待っているのだろうか。
戦いは互角のように見えて、最後には殿下がグリーシァンの魔法を潰している。私はこの戦いはこちら側がイケるのではないかと、仄かに期待を抱いていた。考えてみれば、こっちは殿下とグリーシァンの二人でかかっているんだもの。
「オレの攻撃魔法を二度も撥ね退けられて、こちらとしてもとても戦い甲斐がありますね。普段は下級の魔術師ばかりを相手にしているので、このように自分の力を思う存分に出す事ができ、大変嬉しく思っています」
グリーシァンは実に楽し気な様子だった。あれは疲れを隠す為の演技? ……いや違う。なにか嫌な予感がする。
「さてウォーミングアップはこれぐらいにして、そろそろ本気と行こうか」
――!?