STEP82「明かされていく謎」




「チャコール長官の聴取はもう暫くかかるだろう。終わり次第、グリーシァンにはこう伝える。“ヒナは約束の時間までにジュエリアを見つけ、正体を暴く事が出来なかった。よって明朝処刑を決行する”と。ジュエリアの捕縛の件はごく一部の人間のみに明かしておくが、それ以外の者には伏せておく。何処でこちらの意図が漏れるか防ぐ為だ」

 処刑の演出が決まり、殿下は円滑に物事を進めていく。それに私、ネープルス、ウルルの三人はしっかりと耳を傾けていた。

「そしてヒナには悪いが、今夜は地下牢獄で過ごしてもらう。0時に兵士がヒナを連れ出すように指示を出しておく。ヒナには辛い思いをさせるが、これもグリーシァンの目を欺く為だ。今夜だけは我慢して欲しい」
「わ、わかりました」

 私はゴクリと喉を鳴らして答えた。演技とはいえ、あの地下牢獄で過ごすのはかなりの勇気がいる。手足に鎖がつけられるだろう。おのずと気分は重くなる。

「ネープルス、グリーシァンの捕縛は任せたぞ。オマエでなければ、太刀打ちが出来ない」
「うん、わかったよ」

 あの上級魔術師のグリーシァンを相手では、そんじゃそこらの魔術師では太刀打ちが出来ないのだろう。捕縛の命令を受けたネープルスの力は相当なものなんだな。

「問題は何処で正体を明かしに来るか…だな」

 殿下の表情に僅かな翳りが帯びる。処刑はあくまでも演出だ。万が一、グリーシァンが正体を明かしに来なければ、刑は執行されて私はお陀仏になるのではないか?ブルッと背筋が凍る。なんとしてでもグリーシァンには出て来てもらわなければ!

「それはこちらから用意しておけばいいよ」

 私の危惧を吹き飛ばすような呆気らかんとした応えがネープルから返ってきた。

―――用意ってなんだ?

「こちらから用意とはなんだ?」

 私と同じ気持ちになった殿下も、首を傾げてネープルに問う。

「処刑直前ではヒナちゃんの口を塞ぐでしょ?その役目をグリーシァンに任せておけばいいんだよ。この時ほどジュエリアだと明かす絶妙なタイミングはないからね」

 ニッと笑みを浮かべるネープルスの表情はかなり確信をしている。こっちは口を塞がれるのかとゲンナリした気持ちになっているというのに。

「なるほど確かにそうだな」

 殿下はすぐに納得したようだ。その状況が全く思い浮かばない私ではあったが、一先ずグリーシァンが現れるのであればなんでもいい。

「正体を明かしてきたら、もうこっちのものだよ。あとは捕まえればいい。ヒナちゃん、ここまでの流れは大丈夫かな?」

 いきなりネープルスに話を振られて、ドキリと私の心臓は音を立てた。

「え、はい。あの、ただあの曲者がそう簡単に捕まえられるのかが心配ですが」
「うん、それもそうだね。でも君は君の役割を全うしてくれればいいよ。あとはボクがやるから」

 初めてネープルスを頼もしいと思った。あとの事はこのボクに任せろ的な姿が男らしいではないか。彼は普段おふざけ野郎だけど、やる時にはやる頼もしい存在のようだ。

「わかりました。あとの事はネープルスさんにお任せします」
「うん」

 なんとか話が固まってきて、私はホッと息をつく。あとは事が上手く運ぶように祈るしかない。そして私は伏せていた目線をふと上げてみると、

「ウルル、この短期間でジュエリアの正体を暴き出した君には感謝する」

 私の前の席に座っている殿下がウルルに感謝の言葉を伝えている姿が目に入った。

「とんでもございませんわ」

 ちゃっかりと殿下の隣をキープしたウルルは、勝手に殿下の手を取ってギュッと熱く握り締めて答えた。相変わらずウルルは何処までも図々しい。とはいえ、これまでの彼女の協力は大きく、命を助けてもらった事を考えれば、太々しさには目を瞑ろう。

「すべては明日あす、決着をつける」

 最後に殿下はこの言葉を残した。この時、私は殿下の瞳の奥に轟々と燃える炎を垣間見た。殿下はもう腹を括っている。グリーシァンを捕まえる決心が固まっているのだ。これが昨夜、グリーシァンを捕まえる為に行われた殿下達との策戦会議であった。

 あのジュエリアを演じていた男を捕まえるにはそれなりの演出が必要だ。とはいえ、いくら演技とはいっても、私は本物のギリチョンを目の前にして足が竦むわ、それに心の何処かでは本当は処刑されてしまうのではないかと、かなりビクビクしていた。

 実際ギリチョンの刃物が落ちる前のギリリとした音が聞こえた時、私は騙されていた!死ぬんだ!と、本気で喚いた。だが、皆の読み通りグリーシァンが現れ、そして正体を明かした。あの恐怖は決して無駄にならなかったのだ。あとはヤツを捕まえるのみ!

「もう周りにはアンタがジュエリアだってバレバレになっているわよ。もう逃げられないよ」

 私はグリーシァンを追い詰める決定的な言葉を叩きつける。だが…。

「そうだね、逃げられないね~」

―――さっきからなにがそんなにオカシイんだ!

 周りに正体がバレたというのに、ヤツは顔色一つ変えずに平然と笑っていたのだ。そうだ、コイツはあの気違いのジュエリアだった。まともな神経じゃない、ただの狂人だ。

「それでなんでオレがジュエリアだと気付いたの?上手く隠し通せていたと思っていたのにな」

 滔々とうとうと話すグリーシァンにはまるで切迫感がない。なんだ、この余裕綽々よゆうしゃくしゃくとした態度は!私はかなり不審に思いながらも、ヤツから問われた内容を明かす事にした。

「決定的になったものが三つ。一つはジュエリアの人物像からヒントを得た。変化魔法へんげまほうを使えば、元の姿の想像もさせない見事な変装が出来るのでしょうね。アンタの変装は喋り方や仕草や服装と、なにからなにまでが普段とは違っていて気付かれる事はなかった。でも人の個性や癖というものは知らず知らずの内に出てしまうもの。アンタの場合、類稀たぐいまれなデザインのセンスだった」
「デザインのセンス?」

 グリーシァンは僅かに眉根を寄せた。以前、サロメさんがジュエリアではないかと疑い、彼女を調べる事になった時、気を消せる魔法のポンチョをグリーシァンから貸してもらった事があった。

 あのポンチョは裾や丈のフリンジが可愛く揺らめき、可愛いさをもつ一方、シルエットがとても上品で、大人の女性でも可愛らしく羽織れるかなりのハイセンスなデザインだった。

 そんな女性的デザインはグリーシァンによって作られたと聞いた。それだけではない。宮殿の至るところで賛美を上げられている装飾品や王族貴族のドレスや靴のデザインなど、あれらすべてもグリーシァンの手によって生まれた。

 昨日、シスル様から宮殿で評判の高いあのデザイナーは誰なのか聞いた時に、彼女の口から「グリーシァン」の名が出た。聞いたその時は上級魔術師で多忙なのに、他にも仕事も抱えて大変なんだなと呑気な考えをもったものだが、そこにまさかの大ヒントが隠されていたなんてね。

「宮殿で目につきやすい場所の装飾品、高貴な身分の人のドレスや靴など、あらゆる場面でアンタのデザインは起用されていて、しかもそのデザインは“白雪の美女”と謳われたジュエリアのセンスと非常に似ていると聞いた。そして、あれほどハイセンスなデザインを生み出す人はそうそういないとも。それでジュエリアとアンタを結びつける糸が見えてきたってわけ」
「なるほど、オレほどの審美眼をもつ人間はいないからね。生まれ持った才能で、まさか墓穴を掘る原因になるだなんて皮肉なものだね」

 わかっていたけど、グリーシァンはとんでもない自信家だ。聞いているこっちは呆れ返るわ。本当の事ではあっても、不快と感じた私はヤツの言葉を黙殺し次を語る。

「二つ目。殿下、アンタ、アッシズの三人がマラガの森でジュエリアを追い詰めた時の話。ジュエリアを追い詰めて入ったという小屋だけど、その小屋の主が言ってたそうよ。小屋に現れた人間は全部で四人であったと。ねぇ、それってオカシイ話よね?」

 私は顎をクイッと上げ、グリーシァンへ示唆する。ヤツはほんの一瞬目を細めた。

「追い詰められていたジュエリアで一人、気を失っていた私でニ人、そしてジュエリアを追い詰めたアンタで三人、残る殿下とアッシズの二人を合わせて五人となる筈なのに、小屋の主は四人であると言い切った。そこで私は気付いた。四人であるというのなら、どういう状況であったのかと」

 私はずっとウルルの友達が勘違いしていたと思い込んでいた。でも考えてみたら、一人足りないという事実はとても重要だった。すぐに気付かなかった事を悔やんだぐらいにだ。

「ジュエリアを追いかけていた時、二手に分かれていたのよね?アンタは一人、殿下とアッシズは二人で一緒に行動をしていた。アンタ達がジュエリアを小屋まで追い詰めた時、そこにいた私は気を失っていたから、なにも行動を起こせない。そして殿下とアッシズの二人はずっと一緒だったから、どちらも妙な行動は起こせない。となると残るはあの時、一人で行動していたアンタに疑いの目が向く。ジュエリアを最初に追い詰めたというアンタが、もしジュエリア本人であれば、二人の人物は一人となり、小屋に現れた人物は全部で四人となる」

 そう、これがあの数字が食い違っていた真相だ。グリーシァンがジュエリアであれば、一人足りない理由も納得がいく。それにウルルの友達が言っていた「人型のように美しい人間だった」という人物……もう一度ウルルが調べたところ、グリーシァンの容姿とビンゴした。

「精霊がいた事に気づかなかったな」

 ここばかりはグリーシァンの笑みは消えていた。

「精霊の気は人間にはわからないそうよ」
「それは迂闊だったよ」

 いくらコイツが上級魔術師とはいえ、魔法のレベルは遥かに精霊の方が高い。上には上がいるのだ。少なからずヤツの自尊心は砕けただろう。

「ジュエリアとして追い詰められていたアンタは私の姿を見つけた後、すぐに元の姿に戻った。その後、殿下とアッシズがやって来た時、私をジュエリアだと言ったんでしょうね」
「まぁね。だってあんな所にタイミング良く君が現れるのも悪いんだよ?どうみても“私をジュエリアにして下さい”と言っているようにしか見えないからね」

 クスッとグリーシァンは気味の悪い笑み浮かべて狂言を吐いた。あったま殴ってやりたいわ!

「頭の狂った発言をするな。誰が見も知らずの人間の罪を被るかっての!」
「あ、そうそう。別にあの時に君が現れなくてもだよ?元のオレの姿に戻って、目の前でジュエリアが消えていなくなりましたと言うつもりだったんだよ。マラガの森のような妖しの場所であれば、不思議な現象が起こってもおかしくないからね」
「アンタは何処までも狡猾だね」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
「狡猾だと言われて褒め言葉とは思うアンタは本当に狂ってるわ」
「はははっ」

 コイツ、ここまで狂っていたとは。こんな狂人相手に、私はこれ以上会話をしたくないと思っった。コイツはこれから自分が捕まるという事をわかっているのだろうか。やっぱり妙に思える。コイツの態度は……。ました…。





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