STEP81「ジュエリアの正体」




 ――ああもう死ぬ!!

 全身が恐怖に震え上がり、私は死を覚悟して固く目を瞑った!

「ディスペ―――ル!!」

 何処からともなく響いてきたダミの叫び声。真っ白な私の頭の中にも、鮮明に響てきたその声はブルブルと震え上がる私の緊張を解(ほど)いていく。だが、頭上からガタガタッと派手な音が鳴り、再び恐怖が舞い込んだ!

 ――シ―――――ン……。

 ところが次の瞬間、驚くほどの静寂が訪れる。どうやら頭上にある刃物の動きは完全に停止したようだ。ホッと安堵感を抱くも、脈打つ心臓の音は鳴り止まない。

 ――ドクドクドクドクッ。

 意識があるのが不思議なぐらい脈が切迫している。それは生きているという実感でもあり、私はなんとか意識を手放さないように保とうとした。

「馬鹿な……」

 今の声で私は我に返って瞼を開いた。その時、私の躯を拘束していた枷から解放されている事に気付く。

 ――ギロチンから解放された? 躯を自由に動かせる!

 ウルルが解除魔法ディスペルで助けてくれたんだ!

 ――間に合って良かった!

 生きている心地に感動すら覚える。そこで私は躯中から力が漲り、うつ伏せになっていた躯を素早く起こす。躯が不思議なぐらい軽く感じた。それから私は目の前にいる相手に向かってシュピッと指を差し、ドヤ顔で言い放つ。

「やっと現れたわね! ジュエリア! ……いいえ、グリーシァン! やっぱりアンタがジュエリアだったのね!」

 ジュエリアの姿をしたグリーシァンはギョッと目を剥いたが、それはほんの一瞬の事であり、すぐに含み笑いを浮かべる。

 ――な、なにがオカシイんだ!

 今度は私が目を剥いて動揺してしまう。

「誰がグリーシァンですって? 私はジュエリアよ」
「は?」

 私は呆気に捉われる。この状況でしらを切るつもりか! どういう神経しているんだ、コイツは! 私がギッとグリーシァンを睨み上げるが、ヤツは怯む様子もなく、依然として取り澄ました態度でいた。

「ディスペ――――ル!!」

 グリーシァンの頭上の空高くに、ウルルがハート型スティックを翳し、スティックから流れるリボンと共に、クルクルと回って魔法を発動させた。すると、グリーシァンのフードはハラリと剥ぎ取られ、ジュエリアとしての素顔が露出される。

 それからみるみると変化へんげを遂げていき、金髪だった髪と瞳は銀色に、体格も百八十センチは超える長身へと変わり、元のグリーシァンの姿に戻った。ウルルが絶妙なタイミングで二度目の解除魔法ディスペルをかけたのだ。

 ――さすがウルル!

 ギロチンを停止したタイミングも、今のグリーシァンの変化を解くタイミングも、すべて完璧だ。今の変化は見た者すべてを証人にさせる。周りからそれはもう大きなどよめきが湧き起こっていた。

 それはそうだ。変化魔法だけでも驚くというのに、目を奪われる美女がみなのよく知る男の姿に変わったのだ。それがどういう事か、皆の心に不穏の風が吹き込んできたに違いない。

「精霊か、いつの間に」

 グリーシァンが頭上にいるウルルの姿を目にして呟いた。テディベア姿のウルルを一発で精霊だと気付いたか、さすが上級魔術師。でもさすがにウルルが私の仲間に紛れていた事には気付いていなかったようだ。

 ウルルはパタパタと羽をバタつかせ、私の隣まで降りて来た。そして私とウルル対グリーシァンの視線の間には火花が閃光していた。そこにとある人物が姿を現す。

 ――ネープルスだ!

 彼の姿を目にしたグリーシァンの顔が露骨に歪んだ。

「あぁ、そうかオマエか、ネープルス。この精霊を連れ込んだのは?」
「そうだよ。彼女はボクの友達」

 ネープルスを見遣るグリーシァンの表情には殺意が含まれている。それにネープルスがたじろぐ様子はない。以前にも私は二人の会話を目にして、とても不仲に見えていたが、思っている以上にこの二人は険悪のようだ。

「目ざといヤツだね。だからオマエの事は要注意人物として常に見張っていたっていうのに、最後の最後で滑り込んできてさ」
「君が怪しい行動を取るからイケナイんでしょ? それにボクの事の行動に制限をかけて監視もしていたよね?」

 ――え?

 ネープルスはたまに誰かに監視されていると呟いていたけど、それはグリーシァンからだったのか。

「ボクも上級魔術師で魔術師を監視する側の人間なのに、いつの間にか監視される側になっちゃってさ」
「当たり前だ。占い師と名乗り、オレの行動を監視していたオマエが小賢しかったからね。だからオレは裏でオマエが不可解な行動ばかり起こしていると訴え、魔術師の監視をオレ一人にしてもらったんだよ」

 フッとグリーシァンは嘲笑う。してやったり顔だ。

「まぁ、そんな事だろうとは思っていたけど。でもさ、順調に進んでいるように見えて、最後に気を緩ませ過ぎたんじゃない? ヒナちゃんに君がジュエリアだと明かされちゃってさ」

 逆にネープルスから皮肉を飛ばされ、一瞬グリーシァンから笑みが消えたように見えたが、またすぐに不敵な笑みを浮かべた。それに不快感を覚えた私は憮然とした態度で文句を飛ばす。

「アンタには随分と踊らされていたわね」
「くくっ、それは君が自分で勘違いして空回りをしていたんだよね? チェルシー様だの、サロメ侍女長だの、君が勝手にジュエリアにしていたよ?」

 完全に馬鹿にされている。こんな状況でもグリーシァンは人を馬鹿に出来るのか。コイツは素でもジュエリアの時でも、常に人をバカにしていた。それが生き甲斐なんじゃないのかと思うぐらいにだ。

「オレは君のシナリオに乗っかっていただけだよ」
「よく言う。ルクソール殿下もアッシズも泳がせておいてさ」

 私は吐き捨てるようにして言い返した。グリーシァンはより笑みを深める。

「初めから私にはジュエリアの素質なんてない。だって全く魔力がないもの。それなのにアンタは私を魔女だと騒ぎ出して、私をジュエリアに仕立てようとした。魔女であれば、魔力の気を消せるだの嘘偽りを平然と言って。この世界に魔女なんて存在しやしないのにさ」
「本当にそう思う? 君が魔女を見た事がないだけじゃなくて?」

 ヤツは私の言葉になにも動じない。むしろ面白おかしく楽しんでいるように見えた。

「バカばっか言うな。存在するのは魔女じゃなくて聖霊でしょ? 精霊が魔女と言われる説はあるみたいだけど、魔女なんていやしない。それは精霊に聞いたから間違いないわよ。精霊は人間を毛嫌いしていて接触してこないから、魔女の存在が否定される事もなかった。だからアンタは勝手に魔女だとホラ吹く事が出来たってわけでしょ? 上級魔術師の、しかも殿下のお墨付きのアンタが言えば、疑われる事もないわよね」
「そうだね、ご名答だ。ねぇ、いつオレがジュエリアだと気付いたの? さっきオレが正体を明かした時に知りました、じゃないよね?」
「だったら今ここに私はいないでしょ? 私の命が助かっている時点で、アンタの正体に気付いてたって事だよ」
「それもそうだ。ご丁寧に演出してくれて、オレがジュエリアとして現れるのを待っていたってわけか」
「そうよ」

 ――そう、今日のこの処刑は演出だ。

 昨夜、図書室でウルルからの謎かけを解いた私はジュエリアの正体がグリーシァンではないかと気付いた。そこにタイミングよくネープルスが戻ってきて、そこで私は彼に最後の調べ物の答えを訊いた。

『魔術師の魔法を監視している人は誰なのか』

 答えは……。

『グリーシァンだよ』

 繋がったパーツがより揺るぎないものに変わった。タイムリミットまで残り三時間を切ったところだった。残りの時間でどうグリーシァンを追い詰めるか、この時のヤツはチャコール長官の聴取に入っていた。

 今日、乱発したお金が見つかったという事でより一層聴取はせわしかった。聞いた話では夜中までかかるのではないかと。無理にグリーシァンを取調室から出させて問い詰めるべきか、その判断はルクソール殿下に委ねる事になった。

 ウルルは私がジュエリアの正体まで行き着くと想定して、ネープルスを動かしていた。私には調べものをさせ、約束の時間を迎えた時、ネープルスが殿下を連れ、ジュエリアの捕縛をどうするか考えていそうだ。話し合いは私の部屋で行われた。

「ジュエリアの正体はグリーシァンで間違いありません」

 私の口からジュエリアの正体を明かした時、殿下の切なげな表情が忘れられない。ずっと信頼して近くにいた部下がまさかの黒幕だったなんて。なんともやるせない思いであっただろうが、殿下は私の話を最後まで冷静に聞いて下さった。そして……。

「そうか、グリーシァンで間違いなさそうだな」

 殿下は静かに認められた。その時の力強い眼差しには覚悟があったんだと思う。グリーシァンを捕まえるという……。

「殿下、これからグリーシァンを捕まえに行きますか?」

 私も胸を痛ませながら殿下へと問う。そこで思わぬ答えが返ってきて私は言葉を失った。

「いいや、このまま明日処刑の儀を行う」
「え?」

 ドクンッと私の心臓は波打ち、耳を疑った。

 ――殿下は今なんて?

 私・は・処・刑・さ・れ・て・し・ま・う・の?

「ただしそれは演出に過ぎない。処刑を実行する前にグリーシァンを捕まえる」

 演出と聞いて私は心底に胸を撫で下ろした。心臓が本気で破裂するかとビビったけど、杞憂に過ぎなくて良かった。

「どうして今すぐではなく処刑の時なのですか?」
「ヒナ、ジュエリアは言ったのであろう? ヒナの処刑の前に正体を明かすと」
「あ……」

 そう殿下から言われて思い出した。そうだ、確かにジュエリアはそう言っていた。

「オレはヒナがジュエリアを探し出せなくても、最後の切り札を利用してジュエリアを捕まえようとしていた」
「え?」

 切り札、それは処刑の前に正体を明かしたジュエリアを捕まえるという意味だろう。そして今、私の胸の内は温かった。殿下の中では私をジュエリアだと疑わずにいてくれていたんだ。こんな時なのに、私は感動のあまり心でずっと抱いていた思いを吐露する。

「殿下、お聞かせ下さい。何故、最初に私をジュエリアとして処刑されなかったのですか?」
「純粋にヒナがジュエリアではないと思ったからだ。ヒナがとても嘘をついているようには見えなかった」
「え?」
「それにジュエリアと接触したと聞いて、ヒナを生かしておけば、必ず何処かでジュエリアが現れるのではないかと考えていた。そこに有限付きで生かすという条件を加えれば、現れる可能性は高くなる。何故ならヤツは自分の身代わりに、ヒナを処刑にしようと考えていたからな」
「そう、だったのですか」

 まさか殿下がそんな深い考えをもっていたなんて、私は驚きが隠せなかった。

「案の定、ヤツは何度かヒナに接触していく内に自爆を残した。それは“ヒナの処刑の前に正体を明かす”という言葉だ」
「ですが、殿下。切り札の内容をグリーシァンに話されている場合……」
「安心してくれ。この切り札は誰にも話をしていない」
「という事は……」

 ――グリーシァンは処刑の前に正体を明かしに来るだろう。

 そこで一気にヤツを捕まえられる!





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