STEP76「白なのか黒なのか」




「なに? 嬢ちゃんもチャコール長官を疑って捜査でもしに来たんかい?」
「いえ、私はただ真実を知りたいだけです」

 と、私は毅然とした態度で答えた。相手の男性は武官のゲーテさん。工事現場のおっちゃんのようにガタイが良く、いかつい雰囲気をもつ男性で、普段であれば近寄り難い人ではあるんだけれど、タイムリミットの迫っている今の私に怖いものなどない。

 このゲーテさんはあのチャコール長官と裏で繋がっている人物の一人だ。私はこの人と接触する為、彼が仕事をしている武官の執務室まで足を運んでいた。この接触はウルルから言われた調査の一環である。

 今度はチャコール長官が領土拡大の為に行ったと思われる賄賂に関わった人物との接触を図っていた。相変わらずの無茶ぶりだわ。とはいえ、実際に賄賂が行われたのかどうかの真偽も重要である。

 ここが白であれば、長官の乱発した疑惑も薄くなるのだ。だからウルルはこの賄賂疑惑の白黒を明確にしたがっている。ちなみにゲーテさんが裏でチャコール長官と繋がっているという情報はネープルスから得た。

 私とウルルが宮廷へと戻った時、タイミング良くネープルスが現れたと思いきや、どうやらウルルが私と領土を調べに行っている間、ネープルスに裏の繋がりを調べれくれるように頼んでいたようだ。随分と手際がいいな。

「言っとくが、あの人は“白”だぞ」
「え?」

 いきなり核心を突かれ、私は息を呑んだ。ゲーテさんには私の心理が丸見えのようだ。

「金回りに不審な点が見つかったっていう話だろ? とんでもねぇ勘違いだよ。横領した金で賄賂だなんて、そんな裏金なんか存在しやしねぇって。オレも含めてそうだが、チャコール長官からは個人的な依頼で動いていただけで、その支払いは長官の私金で頂戴していた。個人の金なんだから、省の財政とはなんの関係もないだろ?」
「え? そうなんですか? ……とはいっても、その長官の私金というのが、例の乱発したお金ではないかと疑いがかかっていますよね?」
「バカいえ。んな簡単に乱発なんか出来るか。刷新の最終責任者である長官がサインする書類の数字をミスるかっての。あの人は少々性格が歪んでいるところはあるかもしれねぇが、仕事の根はクソ真面目だ。あんな自分の首を絞める真似はしねぇよ」
「…………………………」

 確かにゲーテさんの言う事は大いにある。最終責任者という立場の人間が違法製造という罪のリスクを背負ってまで数字を偽るだろうか。なにかあった時に真っ先に疑われるのは長官本人だ。そこがどうも腑に落ちない、というか違和感がある。

 ――うーん、それを今考えても答えは見つからない。違う観点から攻めてみよう。

「チャコール長官からなにを頼まれて動いていたんですか?」

 うん、これはとても重要な事だ。個人的な依頼というのが裏っぽいイメージを起こさせるんだよね。

「長官からは固く口止めされていたが、あの人の疑いが晴れないとなれば、黙っているわけにもいかねぇか。実は福祉施設に必要な物品を揃えていたんだよ」v 「福祉施設に必要な物品?」
「施設に必要な人材から調度品やら衣食やら、運営に必要なものさ。オレは調度品を集める仕事を担っていた」

 ――必要な物品って、さっきまで訪れていた領土の中の施設?

 変に納得してしまう自分がいた。領土の福祉施設の建設、それに必要な設営費用。長官がなにをおこなっていたのか、一本の糸となって繋がったのだ。

「ではチャコール長官は何故、あんな頑なに口を閉ざしていたのでしょうか?」
「あの人はあんな性格だからな。柄にもない事をやっているのが表沙汰に知られたくなかっただけだ」
「そんな理由ですか! 命が懸かっているってのに!」
「あの年にもなれば、プライドってもんが曲げられねぇんだよ。嬢ちゃんは若いし女だから、わからねぇかもしれないがな」
「うーん」

 なんと答えたらいいものやら。長官の心理は私には理解しづらいものだけど、そんなものなのかと割り切るべきか。あ、そうだ。ウルルに聞いてみよう。

『ウルルさんは長官の気持ちがわかります?』
『私は女なんだから、わかる筈がないでしょ?』
『(。´・ω・)ん?』

 ――今のウルルの返し、オカシイよね?

 いやだってね、ウルルはおと……。

『余計な事を考えないで会話を続けなさいよ』
『あ、はい』』

 私は意識をゲーテさんへと戻す。

「まぁ、長官が口を割らなくても、調べていけばわかる事だろうよ」
「そうでしょうね。じゃぁ、長官は晴れて無罪になれるって事ですね」

 領土拡大と疑われていた賄賂の経緯いきさつを調べ上げられれば、いずれ長官の無実は証明されるだろう。そう思えば長官の今後を心配しなくても大丈夫ではないだろうか。そう明るい兆しが見えたところにだ。

「そうでもねぇよ。例の書類を改竄かいざんした人間を捕まえなきゃ、長官は疑われたままだろうな」

 ――そうだった。

 ゲーテさんに言われて思い出した。その問題が残っているのだ。

「そんな。チャコール長官の直筆サインがある限り、証明は難しいと言われています。それをどうやって証明すればいいのでしょうか」
「かなり難しいだろうよ。長官に余程の恨みをもつ人間が細工したんだろうな。サイン付きの書類を改竄かいざんなんて並みの人間が出来る技じゃねぇ」
「うーん」

 私は長官の人間関係を知らない。強いて言うならば、グリーシァンに対する当たりがきつく、魔術師達から煙たがられている事実はある。だからといって魔術師の誰かが魔法を使って改竄したとも言えない。

 何故なら彼等は容易に魔法を使う事を許されていないからだ。使い道を監視されていると聞いている。犯人の尻尾が全く見えない状況だ。或いは本当に長官が罪を犯したという考えもないとも言えないか。

「オレは長官が白だと信じている。考えてみろ? 本来国が動くべき福祉施設を長官は個人的に動いて貧民を助けているんだ。そんな人が悪い事なんて出来やしねぇよ」
「そうですね」

 純粋に長官が社会貢献の為におこなったというのではあればそうだ。だが、その貢献の裏になにかが潜んでいるのであれば別だ。あ~! 個人的には長官を悪く考えたくはないんだけどさ。

「おっと、そろそろ移動の時間だ。オレから話せる事は以上だ」
「あ、はい」

 私の返事でゲーテさんはで執務室を後にし、去って行った。彼からもう少し情報を得たかったのだが、欲しい情報は入手出来たからいいとしよう。そして私とウルルはゲーテさんから聞いた情報を元に、他の人物の聞き込み調査をおこなっていった。

 ――その結果……。

 どの人も長官から個人的な依頼を受けただけであって、仕事とは全く関係ないと聞かされた。依頼内容もゲーテさんが言っていた通りであった。それと誰も長官を悪く言う人はなく、誰もが長官は無実の罪を被っていると言っていた。

 ――うーん、これは口を揃えている線も有り得るのか。

 ついつい疑り深くなる。そもそも社会福祉の裏になにが潜んでいるのか、全く予想がつかないんだもの。あと乱発事件の真相も同じく全くわからない。あ~もう! いっぱいいっぱい! 私は心身共に項垂れそうとなった。

「ちょっと静かにしてくれない?」
「え?」
「さっきから心の声がだだ漏れで煩いのよ」

 ――あぁ、そうか。

 私の心の声はウルルへ筒抜けになっていたようだ。

「そう言われましても、もう夕方になっているんですよ! ここまできて何も解決していないんですから、このままじゃ私は明日にはいない人間となります!」
「ねぇ、貴女はチャコール長官の事件をどう思っているの?」
「はい? なんですか。いきなり?」

 私の話はガン無視か! 私は明日には死ぬかもしれないと言っているのに!

「貴女の意見を訊いているのよ」
「私は……長官は限りなく白に近いと思っていますが、それでも社会福祉の裏になにかが隠されているような気がしてなりません。それに乱発事件も百パーセント長官が行っていない確証もありませんし」
「それはけっこう長官を疑っているわね」
「可能性を上げているだけです」
「貴女、着眼点がずれているわ」
「はい?」

 なになになんなのさ? ウルルの言いたい事がまるでわからない。こんなタイムリミットが迫っている時にガチやめて欲しいわ!

「じゃぁ、貴女的には社会福祉の裏になにがあると考えているの?」
「それがわからないから悩んでいるんじゃないですか! ……うーん、敢えて言うのであれば、社会へ貢献する事によって名声を上げ、自分の地位を確かなものにしたいとかですかね!」
「人柄が立派なぐらいで、地位を確かなものに出来るのであれば、お金を持っている人間は誰でもやっているのでしょうね」
「うっ」

 私は言葉を閊えた。実にウルルから痛い言い方をされたよ。

「私金をふんだんに使って社会貢献をしても、長官に大きなメリットなんかありゃしないわよ。強いていうのなら、貧民を救ってあげたという自己満ぐらいにしかないんじゃないかしら」

 え?自己満をメリットといえるのか。参ったな。確かに考えてみれば、名声を上げたいのであれば、表沙汰で堂々とやっているよね。偉いんだオレは! アピールというか。

「となると、長官は純粋に社会貢献をしているだけだと?」
「そうでしょうね」
「だとしたら悪い人ではないじゃないですか」
「そうね」
「なんとかなりませんか? 真犯人を見つける事が出来れば!」
「それは私達の仕事じゃないから出来ないわよ」
「え? ここまで色々と調べておいて、今更ぶった切るんですか!」
「私が知りたかった事は領土拡大の理由と賄賂の有無よ。真犯人を見つけたいわけではないわ」
「それを知ってどうしたかったんですか!」
「それは勿論、悪女ジュエリアへと辿り着く為よ」
「え?」

 ――え? え? 今、ウルルはなんと?

 ジュエリアと辿り着く為の証拠……? やっぱりこの長官の事件はジュエリアと関係しているのか!

「これから別行動をするわよ」
「なんでですか!」

 今更なんだ! 私を捨てる気が! 私はカッと頭に血が上る。

「その方が効率がいいからよ。いい? 今から言う事を調べておいて欲しいの。それらが揃えばバラバラだったパーツが一つになる筈よ」





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