STEP73「選べる道はただ一つ」




 ――まさかあの天使のような愛らしい子犬が、ルクソール殿下だったなんて……。

 プラチナブロンドの毛や紫色の瞳が似ているなとは思ったけど、まさか人間が子犬になるなんてね。そういえば、ここの世界では魔法で変化へんげが出来るという話は聞いていた……けどね!

 現に目にしたわけではなかったし、現実味が湧かなかったよね! それでなにも知らない私は殿下に話を筒抜けにしてしまって。殿下はどういう気持ちで、私の話を聞いていたのだろうか。

 私をずっとジュエリアだと疑っていて見張っていたというのか。そう考えると、とても悲しい気持ちにはなるけれど、慰めてくれていた時とか、とても疑っていたとは思えない。

 むしろ私を頑張れと励ましてくれていたように思えた。殿下は私がジュエリアではないと信じてくれていたのではないだろうか。そしたら殿下はどうして毎日私の元へと来てくれたのだろうか。

 ――うーん、わからない。

 わからないといえば、寝台あそこで寝ているクマだ。一晩中、殿下の姿を拝んでいて寝不足とかなんとかで、今ダランと大いびきをかいて寝ている。うっさいし、品がないわ。私は眠っているウルルを白い目で見つめる。そこにだ。

 ――コンコンコンッ。

 あ、来た。今のノックは殿下から聞いていたグリーシァンとアッシズだろう。私は急いで扉を開けに行く。

 ――ギィ――――。

 扉の向こうに立つのは思った通りの人物が立っていた。ローブを身に纏ったグリーシァンと簡易甲冑姿のアッシズだった。

「あぁ、やっぱ起きていたか。今日が最終日だから悠長に寝ていられないよね」

 グリーシァン、挨拶も無しにとんだ嫌味を飛ばしてきやがった! 最終日なら気の利いたセリフの一つや二つと言えないものなのか!

「えぇ、その通りですよ」

 私は不満を押し殺してグリーシァンの言葉に合わせて返事をした。実際は子犬の殿下とウルルと一緒に爆睡していたんだけどね! しかもあの時の私の睡魔はウルルの仕業だと聞いた。

 私が起きていると、殿下との時間を邪魔されそうだったから睡眠魔法スリプルをかけたってさ! 人が残り少ない時間でジュエリアを探すと言っていたにも関わらず、とんでもないオネェクマだ! って話が逸れた。

「ここまで来られて用はなんですか?」

 事前に殿下から話は聞いていたが、敢えて私は素知らぬフリをして問う。

「オレとアッシズはこれから緊急会議に出席する事になってね。恒例の君とのミーティングをおこなってる時間がない。とはいえ、タイムリミットの日でもあるし、簡単に言葉を伝えに来たんだ」
「なんですか?」
「頑張って」
「…………………………」

 なんて心のこもってない言葉なんだろうか。私には「せいぜい頑張んなよ」ぐらいにしか聞こえなかった。もうコイツの中では私の処刑は確定しているのだろう。私もヤツにはなにも期待しない。

「はい、私は最後まで諦めませんから」

 私は目に力を込めて答えた。すると、グリーシァンは身を振り返し、

「そう、せいぜい頑張ってね」

 そう最後に言い残し、背を向けて歩き出した。

 ――げぇ! 本当に言いやがったよ。

 せいぜい頑張っててさ、人の行動を悪足掻きするみたいな言い方されて本当に不快だわ。ヤツとは最後まで相容れそうもないな。つぅか、本当に一言二言だけを言いに来ただけなのか! 最後ぐらい適切なアドバイスをするとかっていう心の優しさはないのか!

 ――なんだったんだ、あの人は!

 としか言いようがない。私はグリーシァンの去る後ろ姿を苦り切った表情で見送った。

「ヒナ」

 耳の奥にまでズンと響くイケメンヴォイスから名を呼ばれ、視界にスッとアッシズの姿が映る。

「ヒナ、今日がタイムリミットの日だ」
「わかっています」

 アッシズは憂いの色が顔に現れていた。私の事を心の底から心配してくれているのがわかる。さっきのグリーシァンとは偉い違いだな。

「もう時間がないぞ。ジュエリアの目星がついているわけではないのだろう? ここまできても、オレの提案を呑む気にはなれないのか?」
「それは……」

 言葉に閊えてしまう。本音を言えば、アッシズに飛びつきたい気持ちはある。早く安全圏に入りたいからだ。でも何故だかわからないのだが、今はまだその決断をしてはならない気がする。

「最後の一日まで、諦めずに頑張ろうと思います」
「ヒナッ! オレの提案を受け入れてしまったら、後が引けない、そう思って受け入れられないのではないか!? オレは無理にヒナの気持ちを手に入れようとしているんじゃない! 純粋にオマエの命を救いたいと思っているんだ! 一時的に合わせてくれるだけでもいい! もう無理をする必要はない!」

 ガシッと両腕を掴まれて、アッシズから思いを伝えられる。

「ア、アッシズさん?」

 心がとても揺さぶられた。ここまで私の事を想って、熱意をぶつけてくれる彼の気持ちを蔑ろにしていいのだうか。自分がとても罰当たりな事をしているように思えてきた。

 ――ど、どうしよう!

 心臓の音が耳の奥を強打する。

「アッシズ団長! こちらにおられましたか! お取込み中のところ恐縮ですが、至急会議室までお越し下さいませ!」

 突如、アッシズを呼ぶ声が向けられる。いつぞやの若い騎士がまたアッシズを連れに来たようだ。例のチャコール長官に関する会議の時間が迫っているのだろう。

「あぁ、わかった。今すぐ行く。……ヒナ、悪いが、また後で会いに行く」
「は、はい」

 アッシズの力強い眼差しに押され、私は頷いた。そしてアッシズは後ろ髪を引かれるような様子で、私の腕を離し、若い騎士の元へと駆け寄り去って行った。その直後……。

「いっやぁ~ん! 今のイケメン騎士だったんじゃない!?」

 どっから降って湧いてきたのか、いつの間にか私の頭上には嘆いているウルルの姿があった。

「ニオイを察して来てみれば、後ろ姿だけしか見られないなんて淋し過ぎるぅ~!」

 ――ニオイってなんだ?

 獣の臭覚みたいなものかな? 羽をバタバタとばたつかせ、涙しているウルルを私は実に冷めた視線で見上げる。イケメンに対する執着がキョワイ。いびきをかくぐらい爆睡していたのに、イケメンが来たら臭覚で起きるなんてさ。そして終いには叫び出した。

「イケメン独り占めなんて反たぁーい!!」

 ――意味不明……。

❧    ❧    ❧

「ちょっと、ウルルさん! 勝手に肩車をしてくるのを止めて下さい!」

 回廊を移動中の事。昨日に引き続き、ウルルが私の両肩に足を着いてきた。昨日は意識をワープさせる魔法を使う為だったから仕方ないにしても、今日は思いっきしウルルの勝手だった。

「だって楽チンですもの♬」

 ほらね! ウルルは肩車を気に入ってしまったわけだ。羽がばたつかせるだけも面倒なのか! 聞いて呆れる。

「それでこれから何処へ向かえばいいんですか? 昨日やってもらう事があると言っていましたよね?」

 私は肩車されるのを諦め、とっとと本題へと入った。残された時間は今日のみ。ウルルはジュエリアを炙り出す為の方法をなにか考えている筈だ。

「昨日に引き続いてチャコール長官の事件の真相について調べるわよ」

 返ってきた言葉に私の思考が停止する。

「は……い? なんでタイムリミットの日に他人の事件を調べるんですか!?」

 私はむぎゅっとウルルの足を掴んで肩から下ろす! ウルルは煩わしそうな表情をして、私の前に出た。

「確かにチャコール長官が冤罪であれば、とても気の毒だとは思います! でももう私の方が時間がないんですよ! わかってます!? 私は早くジュエリアを捕まえ……た……い……」

 ――あれ?

 そういえば……? 私はある事を思い出した。昨日、ウルルは王太子とサロメさんの婚約発表がされためでたい日に、こんな不穏な事件が勃発して、まるでタイミングを図ったのではないかという言い方をしていた。

 私はその時、ジュエリアが絡んでいるのではないかと直感的に思った。それをウルルに確認しようとしたら、はぐらかされたんだけど。もしかして本当にジュエリアが関係しているのではないか?

「チャコール長官の横領事件の真相を掴めば、ジュエリアに行き着くという事ですか?」
「私の事を信じるかどうかは貴女次第ね」
「またそうやって意味ありげな言葉で誤魔化す」

 なんでウルルはハッキリと言ってくれないのだろうか。そこになにか意図があるのか。ん~、たった一日で真相へと行き着く事なんて出来るだろうか……?

 ――なんて考えたところでも、私がやれる事は他にない。

 私は覚悟を決める。

「ウルルさんを信じます。だから必ずジュエリアを見つけて下さい」
「そう。じゃぁ、これからある場所へと移動するわよ」
「移動って何処ですか?」
「チャコール長官が拡大しているという領地へ行くわよ」
「え? 宮廷の外にですか!」
「そういう事になるわね」

 って、また展開が全くと読めないんですけど! またぶっ飛んだ事が起きる。……うん、腹を括って言われる通りに行おう。ただな……。

「宮廷の外に出たら怪しまれませんか? ジュエリアに気付かれでもしたら?」
「あら? 今日ほどの調べ易い機会チャンスはないと思うけど?」
「どういう意味ですか?」
「とっとと行くわよ」

 私の質問には答える気のないウルルは何処からともなくクルクルキャンディのハート型スティックを取り出した!

 ――うわっ、なんだ! また魔法か!

 予想通りだった。スティックの先から、シュルルと真っ赤なリボンが流れて舞う!

「いでよ! ワープゲート!」

 呪文を唱えたウルルはリボンと共に、クルクルと舞い踊り、あっという間に黒いモヤモヤのゲートを作り出した。

「さぁ、扉を通って領地へと向かうわよ」

 ウルルに促され、気合を入れてGO! となるところなのだが……。

「って、また勝手に肩車は止めて下さいって!」

 ちゃっかりまた私の両肩に乗って来たウルルに鋭い突っ込みを飛ばしながら、私はゲートの中へと入って行った……。





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