STEP69「不正の真偽」




 不穏な知らせは私が思っていた以上に、宮廷内を騒めかせていた。訓練所でその連絡を受けたアッシズはすぐに向かって行った。そして私はウルルから追いかけるように言われ、宮廷へ戻ってみると、既に内部の空気は強張っていた。

 ウルルから追いかけろと言われた時、私はそんなミーハー心はアッシズの邪魔になるだけだと文句を飛ばしたのだが、これはどうも只事ではない。ウルルもなにかを察して、敢えて私にアッシズを追いかけるように言ったのだろう。

 内容の詳細はわからないが、どうやら位の高いお偉いさんが横領の罪で捕まったという情報だけはわかった。その人が誰なのか私にはわからなかったが、この緊迫とした様子からして、相当位の高い人ではないかと推測する。確か財務省長官だったけな?

 よくよく考えてみたら、長官って財務省のトップなんじゃ?まさかそんな人が横領だ。それは騒がしくなるものも頷ける。只でさえ今、宮廷は王太子とサロメさんの婚約の件で忙しいってところに舞い込んできた厄介事だ。宮廷の雰囲気が強張るのも無理はない。

 私は先程からアッシズと彼の下で働く若い騎士の後を追っかけているが、彼等は私の存在に全く気付いていないようだ。それだけ彼等も緊迫としているのだろう。そしてチラッとウルルの様子を覗いてみれば、彼女もまた真剣な面差しをしていた。

 暫くして回廊の分かれ道となるホールへ出ようとした時だ。アッシズと若い騎士の二人の動きが止まり、私は異変に気付く。アッシズ達の後ろ姿の先へ目を向けると、ハッと息を呑んだ。

 声を張り上げる一人の男性を引きずるようにして、こちらへと向かってくる何人もの騎士と魔術師達。あれは男性を連行しているように見える。一人に対して、なんであんなに多くの人達が付いているのだろうか。

「いい加減に私を解放しろ!いいか、取り調べをした後、私が無実だとわかった時点で、ここにいる愚か者すべてを処刑してやるからな!覚悟しておけ!!」

 男性から一際甲高い声が上がった。

―――もしかして、あの男性が例の横領罪で捕まった人では?……あれ?よく見れば、あの人見覚えがある。

 闇に呑まれた新月の夜空のような真っ黒な髪と髭、王族としての貫禄は感じるが、見るからに意地の悪さが滲み出ている濃い顔、派手な模様の礼服、そしてあの横柄な態度と、確かあれは…。

「それは貴方が決められる事ではありませんよ、チャコール長官」

―――え?

 聞き慣れているこの朗らかな美声は……剣幕とした男性の前に姿を現したのはグリーシァンだった。ヤツの登場にまた空気が一段と強張る。やっぱりチャコール長官とは例の横領罪で捕まった人だ。

―――そうだ、思い出した!あの長官って、いつかグリーシァンに暴言を吐いていた人だ。

 気を消せるポンチョをグリーシァンに返そうとした時、偶然あの長官とグリーシァンが会話をしているのを聞いたんだっけ。

「貴様、いい気になるなよ、魔術師の分際で」
「所詮、魔術師など我々王族の臣下に過ぎないのだからな」

 そういった言葉を長官はグリーシァンに吐いていた。まさか偶然見かけたあの長官が横領罪で捕まるだなんて。見てくれは如何にもという感じはあるけど、洒落にならないわ。私はそのまま緊迫した様子を見守る。

「グリーシァン…」

 ヤツの姿を目に入れた長官の表情が益々と歪む。あの辟易とした表情は異様に思える。それだけグリーシァンの事を良く思っていないのだろう。それから長官はすぐにガッと目を見開き、

「そうか、貴様だな!貴様が私を嵌めたのだな!!」

 グリーシァンに向かって怒鳴り声を上げた。それを耳にした私の心臓がドクンッと跳ね上がった。

―――え?

 グリーシァンが、は、嵌めたってなに!?その発言は大いに問題があるだろう!

「貴様はなにかとこの私の癪に障り叱責を食らっていたからな!私への逆恨みに起こした冤罪だな!?」
「なにを根拠におっしゃっているのですか?私が貴方を嵌めたなどと心外です」

 長官の剣幕に気圧されようとも、グリーシァンは顔色の一つも変えずに堂々と答えた。そのヤツの態度に、長官の怒りはMAXへと昇り、

「貴様!抜け抜けと言いよって!その口を八つ裂きにしてしてやるわ!」

 押さえられていた手を無理やりに振り払って、グリーシァンへと飛び掛かろうとした!

―――うわっ!

 私は自分が体感するような気持ちになって、その場に竦む!そして長官がグリーシァンに掴み掛かろうとした時、彼の躯は乱暴に取り押さえられた。それもさっきまで私の目の前にいたアッシズによって。その行動、神業だ!

「チャコール長官、落ち着いて下さいませ」
「これが落ち着いていられるか!」

 今度は長官の標的がアッシズに向けられる。だが、アッシズの様子は至って冷静であった。

「ですが、そのようなお話をこの場でなさるのは場違いです。問題を早くご解決なさりたいのであれば、司直の前で話をなさるべきです」
「…っ」

 アッシズの最もな答えに、長官は言葉を失った。悔しいという表情は崩れないが、これ以上、暴れる様子も見られなかった。そこに透かさずグリーシァンが言葉を滑り込ませる。

「では至急チャコール長官を取調室へと連れて行け」
「「「畏まりました」」」

 ヤツの言葉に応じた魔術師と騎士が再び長官の身を拘束する。長官は今度は大人しく捕まっているが、表情は悔しさ一杯に滲んでいた。その様子を私はハラハラとしながら見つめる。それから懸念しているような大事(おおごと)にはならずに、長官達は去って行った…。

―――私の目からは長官が偽りを言っているように見えなかった。

 それが気になる。まだ視界に入っている長官の後ろ姿を見届けながら私は思った。あと長官がグリーシァンを疑っていたのは、あれは完全に八つ当たりだろう。普段からグリーシァンをイビッていたようだし。

 グリーシァンもね、地位とプライドが高い為か、態度が良くないのが悪い。媚びれとは言わないけど、目上の人には最低限の敬う姿勢を見せないと目を付けられるわ。でもルクソール殿下の前では恭しいから、自分の好みで態度が違うのだろう。それ問題だわ。v
「あの長官って本当に馬鹿よね」
「えぇ。いつかこういう日が来るとは思っていたわ。事もある毎にいつもグリーシァン様に妙な言い掛かりをつけて怒鳴っていたし

―――え?

 女性の誹謗ひぼうする声が耳に入る。すぐ斜め前に背を向けた二人の女性がいた。グリーシァンと同じくローブを着用している魔術師だ。

「そして最後の最後までグリーシァン様に言い掛かりを言っていたわよね。冤罪だとかなんとか」
「頭がどうかしているのよ。まさかここまで酷いとは思わなかったけどね」

 えっと、すぐ近くに私がいるんですけど?んな内容を気軽に話していて良いのか。女中なんて魔術師からすれば、下っ端らの下だと思っているから、気にも留めないってところか。

「そうね、あれじゃ裏で陰謀を図っていても納得してしまうわね。王族の長官だからといって、いい気になり過ぎていたのよ」
「言えてる。罪が確証されれば牢獄行きが決定でしょうし、これでグリーシァン様も私達も解放されるわね」
「えぇ、これからの仕事もやり易くなるでしょうね」
「それは勿論、それになによもりグリーシァン様のご負担が減ったのが嬉しいわ」
「そうね。あれだけ聡明でお忙しい方だし、厄介事が無くなって本当に一安心よね」

 女性魔術師から喜々の声が上がる。グリーシァンって仕事では鬼だと聞いているのに、彼女達からは厚い信頼と慕っている様子が窺えた。なんだかんだ美形には人徳があるのか。

『グリーシァンって、あの煩わしいおっさんの長官から、罵声を食らっていた人かしら?』

 あ、そうだ、忘れてたよ。私の頭上にはウルルがいたんだっけ?彼女から声を掛けられて思い出した。

『そうですよ』
『随分と人望の厚い人のようね』
『そうですね。魔術師の中でもトップのようですよ。ルクソール殿下からの信頼も厚いですし』
『秀麗で熱を上げられるのもわかるわね』
『実際はとても性格が悪いですよ。だから長官にも目を付けられていたんでしょうし』
『…………………………』

―――ん?

 ウルルから返しがない。急にどうしたよ?

『あのウルルさん?』

 私は改めてウルルをマジマジと見つめる。表情が非常にシリアスだ。どうしたんだ?

『あの人、完璧な美だったわね。私のように』
『はい?……スミマセン、ちょっと耳が遠かったみたいで、今のお言葉が聞こえませんでした』

 ウルルから私の脳では理解し難い言葉が飛んできた。

背景バックに極上の花ロンサールが似合う美しさね。私と同じだわ』
『え?ロンサールの花ってなんですか?てかさっきから、グリーシァンさんとご自分の美しさが同じと言われているように聞こえるのですが』
『その通りよ。並みならぬ美しさが似ているでしょ?』
『…………………………』

 絶句…。確かにグリーシァンの美は認めるが、ウルルに同じ美しさがあるというのは犯罪的レベルの間違いだ。ウルル本人は至極真剣な様子だから、リアルで言ったのだろう。うん、話題を変えよう。
v 『なにやら大変な事になりましたね』
『とっとと付いてきなさい』
『え?』

 私の話はフルシカトしたウルルは羽をバタつかせ、踵を返した。おいおい、ちょっと待て

『ちょっとウルルさん!もう騎士の訓練所には行きませんから!』

 また彼女の都合の良い場所に連れて行かれるのはゴメンだから、釘を打っておこうと思ったのだが、次に連れて来られた場所はまたとんでもない所であった…。





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