STEP66「散りばめられたパーツ」
「あの、そんなに堂々と姿を見せていたら、大事になるかと思うのですが」
私は辺りをキョロキョロしながら言う。人に遭わないかヒヤヒヤもんだ。それというのも、ウルルが全く身を隠さず、堂々と宙に浮いて飛んでいるからだ。全長三十センチ以上はある羽付きクマは目立つのなんのって。
おまけにドット柄のリボンと真っ赤な口紅がインパクトありありで、より彼女を際立たせていた。今進んでいる回廊は様々な人が行き来する。いくらウルルが気を消せるといっても、こんな堂々と姿を見せていたら、なんの意味もないよ。ところが……。
「なに言っているのよ? 私の姿は貴女とネープルスにしか見られないようにしてあるから心配無用よ」
「え? そうなんですか?」
ウルルの答えに私はポカンって口が開いた。私の懸念はいらなかったようだ。
――精霊ってそんな事まで出来るんだ。あっ、人が来た!
反対側から数人の侍女さん達が向かって来るのが見える。
――ドクンドクンドクンッ。
心配無用と言われたばかりだけど、私の心臓の音は鳴り止まない。ウルル本人は特に驚く様子も姿を隠すわけでもなく、そのまま飛んで進んでいる。そして侍女さん達からウルルが見える距離まで縮まる。
――あ、あれ?
侍女さん達は何事もなく、私とウルルの横を素通りして行った。続いて何人かとすれ違ったが、誰一人としてウルルの存在に気付いた人はいなかった。ウルルの姿が見えないというのは本当だったようだ。ホッ。
こうやって実際に目にしてみて、ウルルの姿が見られないというのは大きな利点だ。ジュエリアに気付かれないという利点が嬉しい。これなら問題なくウルルと一緒に行動を起こせる。が、その前にだ。
――ウルル専門の魔法が気になる。
ジュエリアを炙り出したところでも、彼女をとっ捕まえる方法も大事だ。ウルル専門の解除ってのが、役割を果たしてくれるのかどうか……心配なんだよぉ~!
「ウルルさん」
「なに?」
ウルルがチラッと私へ目線を落とす。
「あの、アナタが専門としている属性耐性を解除するという魔法は具体的にどういったものなんですか?」
これとても大事だ。ジュエリアを捕まえる為にも、彼女の魔法の内容を知っておく必要がある。
「相手の有利な状態変化を解除する、または自分の不利な状態変化を解除させる魔法の事よ」
「えっと、それは……」
――つまりどういう事なんだ?
今のウルルの答えは具体的に当たっていたのか? 私にはさっぱり意味がわからなかった。そんな私の腑に落ちない様子を察したウルルは補足説明を始める。
「“相手の有利な状態変化を解除”というのは、例えば相手が魔法で攻撃力や防御率を上げていた場合、その有利な状態を解除させる。“自分の不利な状態変化を解除させる”というのは、睡眠、石化、麻痺といったような有害な状態を解除させる、そういった効果よ。今の内容はほんの一例に過ぎないけどね」
――それって、す、凄い魔法じゃない!
ある意味、最強チート? さすが神力に近いと言われている精霊様の力! あんぐり、あっぱれ!
「その能力があれば、ジュエリアが攻撃魔法を使おうが、回復魔法を使おうが、それらすべてを解除してしまえば、勝てますよね!」
ジュエリア本人さえ見つけられれば、勝利がもう目の前だ! 私はパァアアとダイヤモンドの輝きを胸の内に光らせる。
「直接的な魔法にディスペルは有効ではないわよ」
「はい?」
高揚感に浸っていた私の心に、不穏な影が落ちる。
「そんななんでもかんでもディスペルは出来ないわよ。貴女の言う黒魔法とか、白魔法とかっていう直接的な魔法にはディスペル効果はないの」
「へ?」
――それでジュエリアに勝てるのか。
胸の内の輝きは黒い渦に呑まれていく。勝手なイメージに過ぎないが、ジュエリアは攻撃魔法が得意のように思える。それに匹敵する魔法がなければ、とても不安でならない。
――でも……。
ネープルスがウルルと呼んだのには意味があるんだよね。そこに最後の望みをかけるしかない。私は考えを前向きに改める。
「何処に向かっているんですか?」
私はウルルの後を追って進んでいるが、一体何処に向かうのやら?
「貴女の仕事場だけど?」
「は?」
思いも寄らない返答に、私は露骨に驚いた。
「もうタイムリミットが明日なんで、女中の仕事なんかしていられません!」
「仕事をしていないと、怪しまれるでしょ? それに私は今回の事件を断片的にしか聞いていないのよ。根本的に教えてもらわないと、こっちも動きようがないし。まず貴女には仕事をやってもらいながら、事件の発端から話してもらうわよ」
「んな悠長な!」
ウルルの言っている意味もわかるのだが、話している暇があるなら、ジュエリア探しを先決したい!
「さっきからいちいち眉根に皺を寄せないで頂戴。今までのやり方でジュエリアを見つけられなかったのだから、初心に戻って一から物事を考えるべきだと思うけど?」
「……っ」
ウルルにピシャリと釘を打たれ、私はまた難色を示しそうとなったが、そこをなんとか堪えた……。
❧ ❧ ❧
――数時間後……。
私は苛立ちつつも、とある客室の掃除をしながら、今までの経緯と自分の知っている情報のすべてをウルルに伝えた。
「貴女があの時の一人だったのね」
「あの時の?」
ウルルの言葉に引っ掛かりを感じて、私は吸引機のスイッチをオフにする。
「ちょうど一ヵ月ほど前ね、聞いた話だけど、知り合いの小屋に人間が現れたって。その内の一人は貴女だったみたいね」
自身に記憶はないけれど、私はこの世界へとやって来た時、とある精霊が棲む小屋の室内で倒れていたという。そこにジュエリアを追って来ていた殿下達に見つかり、私はジュエリアだと思われて捕まってしまったのが事の発端だ。
「その内の一人だという事は他にも……あ、そうか。殿下達の三人か。私含めて四人が小屋にお邪魔してしまったわけか」
ルクソール殿下、グリーシァン、アッシズの三人は確かジュエリアを追い詰めたと言っていたものね。
「あ、あとジュエリアを入れたら、五人になるのか」
「五人? 私が聞いた話では確か四人って言っていたような気がするけど?」
「四人?」
――って、それおかしくないか?
率直な意見だ。殿下達はジュエリアを小屋まで追い詰めたのだから、全部で五人になる筈だよね。
「知り合いは小心者で貴女達が現れた時、身を隠して様子を覗いていたみたいよ。最初に野犬が紛れ込んでいたって「私は人間だっての!」」
――何度このセリフを言わせるんだ!
ウルルの口から、また例の腹立たしい言葉が出よったよ! 精霊の美的感覚ってドあったまくるわ!
「程なくして人型の精霊のように美しい人間が現れたって驚いていたわ」
――美しい人間……。
それはジュエリアの事だろうな。私を自分の身代わりにして姿を消したわけだし。
「さらにその後、他の人間がやって来たって言っていたわ」
他の人間っていうのは、きっと殿下達三人だろう。
「やっぱり全部で五人になりますね。知り合いの方が勘違いしているのかもしれません」
「どうなのかしらね。……ただ一つ気になる事が出てきたわ」
「なんですか、それ?」
ウルルが実に意味ありげな言葉を洩らした。今のどういう意味だ?
「だってジュエリアは追い詰められていたんでしょ?」
「はい、そう聞いていますけど」
「だったら……」
「?」
途中でウルルの言葉が途切れた。なんだ、気になるじゃん。なにか思い当たる事でもあるのだろうか。ウルルの神妙な顔が気になる。
「まぁ、知り合いに聞いてみればわかる事だからいいわ。それと話は大体わかったわ。そしたら次は行動に入るわよ。いつも貴女がどうやって魔女を探しているのか、実際に見せて教えて頂戴」
「はぁい」
結局、ウルルの気になる事は教えてもらえず、次の行動へと移る事になった……。
❧ ❧ ❧
「とんだ効率の悪いやり方よね」
「ちょっ、今までの私の努力を全否定するような発言はやめて下さい」
私の隣で盛大な溜め息を吐いて呆れているウルルに、私はギッと眼圧を飛ばす。
「だって闇雲に刻印を当てて、魔女を見つけ出せなんて論理上、ム・リな話でしょう? 一体この宮殿に何人の人間がいると思っているのよ?」
「そうは言いましても、私はジュエリアが誰か一つのヒントも与えられずにいたので、こういう形になったわけです」
「気の毒に」
「ぐっ」
ウルルは辛辣な事を容赦なく落とす。客室から出た私は早速刻印の反応を実際に使って説明をした……ら、文句が飛んできた。
「そんな非効率なやり方で、貴女を動かしていたなんてね。まるで魔女が見つかっても見つからなくても、どうでもいいようなやり方よね」
「だからやめて下さい、そういう言い方!」
私は今度はかなりムキになって怒る。やり方にケチをつけられるのは殿下の指示に問題があると言われているようで我慢ならない。
「前向きに考えるとしたら、そうねー、別の意図があるのかもね」
「え?」
私の怒号は関係なしに、ウルルはポロリと吐露する。
――意図ってなんだ?
ここまできて別に意図があるってなんだ? ……あ~もう混乱する! 髪の毛をクシャクシャにしたい! 私は俯き、小さくうぅ~と唸りを上げる。
「ねぇ、見えてくるあのコ達は違うの?」
「え?」
回廊の分かれ道となるホールに、私と同じく女中の制服を着た女のコ達数人の姿があった。
「あぁ、そうです。あのコ達っぽいです」
「そう、じゃぁ話を聞きに行ってきて」
「わかりました」
私はウルルから指示を受けた聞き込み調査をしに、女中のコ達の輪の中へと入って行った……。