STEP62「魔術師からの助言」
「はい」
何故かネープルスは私の目の前に手の平を伸ばしてきた。
――はいってなんだ?
なにがしたいのさ? 私がポカンと間抜けな顔をして固まっていたら、
「カキン、カキン、カキン♬」
ネープルスが躯を弾ませながら、リズミカルに「カキン、カキン♬」と唄い出した。カキンってあの「課金」かよ!
「お金は持っていませんって!」
「ただで占う事は出来ないよ?」
「……っ」
私はあまりにも呆れ返って言葉を失う。人が命を助けてくれと言っているのにこれかなのか! どいつもこいつも所詮は他人事と思っているのか! 私は苦虫を噛み潰したような顔に変わる。そんな私の様子を察したのか、
「今、君……」
ネープルスが重々しく口を開いて、なにかを言い掛ける。
「お金がないから躯で払おうかなぁって思った?」
「んな事、思うか! バカたれ!」
とんだ見当違いの事を口走られ、私は即座にネープルスを罵った。真顔で訊いてきたから質が悪い。
「課金って私の命が懸かっているんですよ! 人の命とお金どっちが大切だと思っているんですか!?」
「んで、ボクはなにを占えばいいの?」
「え?」
なんか人の話をフルシカトして本題モードに入った? ネープルスの顔は至極真剣だった。やっと私の必死さが彼にも伝わったのか。
「ジュエリアの情報を下さい。明日までに彼女を捕まえられなければ、私はジュエリアとして処刑されてしまいます。私はジュエリアではない。そんな冤罪で命を落としたくありません」
今にも爆発しそうな思いを必死に抑えながら、私は懇願する。
…………………………。
一切言葉を交えず、ネープルスは感情の見えない表情で、私をジッと見据える。
「情報ねー、例えば?」
「ジュエリアの身分や特徴、またはヤツが主に現われそうな場所とか、有力な情報を頂ければ有難いです」
「そうだね~。ていうか、もうタイムリミットが迫っているのに、まだ振り出しの位置にいるんだ?」
「そ、そうです。だから力を貸して欲しいと、お願いしているんです!」
「君さ、ボクの助言をてんで無視してくれたもんね。だからジュエリアの良い様にあしらわれるんだよ?」
「え?」
ネープルスの表情が冷めたものに変わり、私の背中がヒヤッと凍る。この人でもこんな顔を見せるのかと驚きを隠せない。
――助言ってなに……? ……もしかして?
「”言動に惑わせられるな”?」
「そうだよ、まさにそれ」
「で、でも、それだけでは誰に対しての言葉かわから……な……かっ……」
私は最後まで言葉を続けられなかった。誰に対して? それは今ネープルスの口から出たよね? それはつまり……?
「貴方は最初からジュエリアが誰か知っていて、ずっと傍観していたんじゃ?」
私は浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。
「…………………………」
ネープルスはなにも答えない。それは私の言葉通りだと受け取っていいのだろうか。そうであればとんでもない、カッと私の頭の中に火花が散る。
「ジュエリアは誰なんですか!?」
「知らないよ」
ネープルは顔色の一つも変えずに平然と答えた。
「すっ呆けんな!!」
私は立ち上がり、ネープルスの胸ぐらを掴んで噛み付く。
「知らない筈がない! “ジュエリアの言動に惑わせるな”なんて、ヤツの事を知らずに忠告なんて出来るか!」
私は頭に血が上って衝動が抑えられずにいた。目先に少しでもジュエリアに繋がるものがあるなら、見逃すわけにはいかなかった。
「そうは言われても知らないものは知らないよ」
「……っ」
尚もすっ呆けえる様子を見せるネープル。人が死ぬかもしれないっていうのに、この悠長さはなんだ! ……まさか? 頭に閃いた新たな考えに動揺が生じて、ネープルスの胸元を掴んでいた手が離れる。
「実は貴方がジュエリア?」
ネープルスは上級の魔術師だ。しかも宮殿の警備を行っている。私を見張る事だって出来るのではないか? 極めつけは言動や行動がオカシイ。ジュエリアとしての条件が揃っている。
フッと右手の拳を開いてみると……妖艶に光り輝く紫の刻印が浮かび上がっていた。紫色の花は上級の魔力を持っている証。今は魔力を抑制しているだろうから、本当は金か銀の色を持っているのかもしれない。
「……君、それ本気で言ってるの?」
ネープルの眼光が鋭くなる。虎や鷹が獲物を獲る、その瞬間のような……。
――この顔つきは……。
「嘘です嘘です! 貴方を信じています!!」
私は即行万歳をして否定した。同時に核心へ迫っていた考えが見事に砕け落ちた。ネープルのあの鋭い面持ちはリアルだ。イエスと言った瞬間に噛み食われそうだった。すなわち彼はジュエリアではないという事になる。
「カッと頭に血が上っていました。今は反省しています。スミマセンでした」
勢いを失った私は肩を竦めて謝る。
「頭に血が上るところは悪いところだね。判断を誤るよ?」
「わかっています。ただそれだけ私は切実なんです。ジュエリアについて知っている事があれば、教えて下さい」
「ジュエリアを見つけたとしてもさ、彼女が素直に捕まってくれるの?」
「んなわけありませんよ!」
「じゃぁ君、彼女と面と向かってもTHE ENDを迎えるだけじゃない? な~んたって相手は魔女らしいし?」
「うっ」
まさにその通り。真っ向に立ち向かっても、ただの自殺行為としか言いようがない。
「まずはジュエリアが誰かを突き止め、その後グリーシァンに仕留めてもらいます!」
「そんな都合良くはいかないって。もうタイムリミットが近いし、彼女を見つけたら即行捕縛しなきゃじゃない?」
「うっ」
実に痛い所を突かれた。そう、もう時間がないのだ。後回しに出来るだけの猶予は残されていない。思考が迷走する。なにか他に方法がないのか懸命に思案を巡る。
「ん~~~、そしたら私、魔法が持てませんか!」
「え? いきなりだね?」
私の突然の切り替えしにネープルスは口をポカンとしている。自分でも突拍子もない事を言ったとは思っている。だが自分一人でなんとかするには魔法の一つや二つが使えないと!
「怪我をしたら回復、命を落としたら蘇生が出来る白魔法とか、ジュエリアよりも上回る攻撃力の高い黒魔法とか、そういった強力な魔法が欲しいんです!」
「いやそもそも君、魔力を持てる器じゃなんだから、魔法自体を駆使出来ないよ?」
「え? ……それって」
根本的に無理という事かよ!
――終わった……。
私は心と共に項垂れる。ジュエリアを見つける事ばかりに気を取られ、見つけた後の事をどうするか考えていなかった。一体どうしたらいいのさ!
「そしたらボクの友達を紹介してあげるよ!」
「は……い?」
人がう~う~と唸っているところにだ。ネープルスが妙な事を言い出した。この流れで何故友達の紹介という話になる? 彼の朗らかな笑みに深い裏がありそうで怖い。
「なんですか、そのお友達というのは?」
「友達は精霊なんだけど」
「(。´・ω・)ん? 精霊?」
馴染みのない言葉が出てきて、私は目のパチクリを繰り返す。
「君は魔法が使えない。だから精霊の力を貸してもらえばいいんじゃいかって思ってね」
「えっと……?」
いきなり精霊ときて「はい、わかりました」と、言えないんですが? 未だに私はファンタジーの用語に知識がないし。
「ただし、ただで友達の協力を得る事は出来ないよ。ジュエリアという最も危険人物を相手にするリスクがあるからね」
瞬時に空気が強張る。ネープルスの声色がガチに真剣で、なにか意図があると私は察した。
「なにか条件があるとも?」
「That’s Right! んで、ボクの友達は”マラガの森”に棲んでいるよ」
「マラガ?」
――何処かで聞いた事のある名前だ。
私はネープルスから視線を外して記憶を辿る。
――確か私が最初にこの世界に来た時に、気を失っていた場所だ。
なんだか不穏を覚える。そんな場所に本当に精霊が棲んでいるのだろうか。おのずと私の眉間に皺が寄る。
「そのマラガの森へ行ってネープルスさんのお友達に会えという事ですか?」
「そうだよ」
「それがさっきの条件ですか?」
「うん、そう。マラガの森は通常人が寄り付かない」
「え? なんでですか?」
早速予感が的中か。私の胸がより騒めき始める。
「迷い込んだら森から出られない確率が高いから」
「そんな森に入ったら自殺行為じゃないですか! 逆にお友達に来てはもらえないのですか!」
「大丈夫だよ」
「はい?」
――それは私の元に来てくれるという意味か?
なんていう期待にはならなかった。
「友達の所までは森の入り口から、ただ真っ直ぐと突き進めば良いだけだから。歩いている内に可愛らしい小屋が見えてくる。そこがボクの友達の家」
「いやいやいや、真っ直ぐに進むだけなら迷ったりは「進んでいる間だけど……」」
私がみなまで言わぬ内にネープルスは言葉を被せてきた。
「決して後ろを振り向いては行けないよ。後ろへ振り向いたら君は永遠に森から出られない。ね? 簡単でしょ? 約束さえ守れれば必ず友達の所には辿り着けるのだから」
「…………………………」
胸の内が酷く騒めいていた。そもそもネープルスの友達の話は本当なのか? もし偽りであれば、私はマラガの森に閉じ込められ、永遠に出られなくなるだろう。それは死を意味する。これは罠かもしれない。安易に話に乗るのは危険だ。この話は断ろう。
「“彼女”ならきっと君の力になる。ジュエリアの所まで導いてくれると思う」
そのネープルスの言葉が甘い悪魔の囁きのように聞こえた。もしその精霊が私の味方についてくれるのであれば、ジュエリアを見つけられるかもしれない。もう私に残された時間は残り二日のみなのだから……。