STEP59「彼女がジュエリアか否か」




「人の心を惑わすな」

 それは本物の魔女だと直接的な意味で言っているのか、それともたぶらかすという意味を間接的に例えているのか、王太子がどちらの意味で言ったのかがわからず、私はもどかしさを抱く。ハッキリとさせたいのだが、硬直した空気に突っ込めそうもない。

「ジュエリアは私の理想を完璧に具現化した女性だ。あの見目麗しい容貌を例えるなら極上の甘い蜜であり、自然に吸い寄せられ、身も心も蕩かされる。そして彼女は才気にも溢れていた。執政レベルの聡明さをもつ彼女であれば、いずれ国を支える柱ともなれるだろう」

 王太子はジュエリアをまるで至極の女性とも言うように讃える。その様子から勝手な妄想を述べているようでもなさそうだ。まぁ、王太子妃と考えていたぐらいだから、ただ美しいだけではなかったのだろう。

 とはいえ、あのジュエリアの性格は問題があり過ぎる。いくらヤツが王太子の前で猫を被っているにもしてだ。数々のあくどい行いをしてきた。とても王太子妃に相応しい人物とは思えない。

「花の精霊と見紛う美しさと驚嘆する怜悧さをもつ、絵物語でしか存在しない女神を実際の人間として生まれ変わらせたような女性がジュエリアだ」

 王太子はジュエリアが人間とは異なる存在だと言いたいのだろうか。だから「魔女」と例えて言ったのか。それとも遠回しにサロメさんがジュエリアではないと訴えているのか。確かにサロメさんは知性が高い女性ではあるが……。

 私はサロメさんに鋭い視線を向ける。彼女は王太子の話に耳を傾けており、私の視線には気づいていない。こうやって改めて彼女を見てみれば、容姿が美しいと謳われるジュエリアとは程遠い。

 しかし、彼女は魔力を持っている。魔法で美しい女性に変化へんげが出来る可能性もある。それに王太子の専属侍女をしていたのだ。彼のある程度の事については知り尽くしている。彼女ほどジュエリアに適した人物はいないだろう。

「サアちゃんはジュエリアではない」

 王太子の口から、またもや否定の言葉が出た。口ではいくらでも違うと言える。私が欲しいのはただの否定ではない。それに否定するなら、それなりのきちんとした理由を叩きつけて欲しい。

「では何故サロメさんにプロポーズをしたんですか!」

 私が一番納得いかないのがここだ!

「プロポーズをしたのは勿論、サアちゃんを愛しているからだ。あの時、初めてサアちゃんへの気持ちに気付いた。突然芽生えた愛に戸惑いもあり、しかも本人を目の当たりにして”愛している”など、素直に吐けるわけもなかろう」

 王太子は最もらしい答えを口にしたのだが、私は釈然とするわけもなく食い下がる。

「貴方が愛していたのは”ジュエリア”ですよね? それなのに簡単にサロメさんへ気持ちが変わってしまったという事ですか!」
「あぁ、そうだ。そこはどう言われようが否定しない」
「ですが、殿下達にあれだけ探し出せと口を酸っぱくして言うほど、ジュエリアに固執していましたよね!?」
「確かにジュエリアを愛していたのも事実だ。だが、サアちゃんが他の男に取られると腸が煮えくり返りそうになった時、彼女を心の底から愛している事に気付いた」

 ――そ、そんな事があって……。

 私は絶句した。今の王太子は私が彼の寝室で問い詰めた時とは違って冷静沈着に答えた。そこには躊躇いも迷いも感じられず、真実味を帯びているように見えた。王太子の言う事が事実であれば、サロメさんはジュエリアではない。

 ――いや、怯むな、ヒナ! これはあくまでも王太子の口頭だけに過ぎない!

 速まる心臓の音を宥めながら、私はなんとか理性を持ち堪えて冷静に思考を巡らせる。

「そうですか。ですが、口ではなんとでも言えます。今の時点でサロメさんがジュエリアではないという決定的なものにはなりません」

 私はギッと目を細め、辛辣な言葉で返せば、王太子の表情が露骨に憮然となった。

「まだ疑うのか? そもそも見た目や声からして、サアちゃんとジュエリアでは違い過ぎるだろうが」
「サロメさんは魔力を持っています。変化へんげ魔法を使えば、難なく変装は出来ますよね?」

 負けてたまるか。私を上手く収めようとしているのだろうが、こっちはそうならないよう、王太子の言葉を潰していく。

「それはさ……」

 ここで口を挟んできたのがグリーシァンだったものだから、虚を突かれたように驚いた。

「サロメ侍女長は変化魔法が使えないよ」
「は?」

 なんとも間抜けな声が自分の口元から洩れた。グリーシァンは腕を組んだまま無表情を崩さない。

「……今なんて?」

 ――サロメさんは、変・化・魔・法・が・使・え・な・い・?

 頭の中で反芻はんすうすると、ドクンドクンッと心臓の音がいやに早鐘を打つ。

「確かに侍女長は比較的高い魔力を所持しているけど、変化魔法は不向きのようで扱えない。それはきちんと調べて実証済みだよ。魔力も得意、不得意とする属性があるからね」

 ――そんな馬鹿な……。

 私の思考が迷走する。今のグリーシァンの言い方はサロメさんを白だと言っているように伝わってきた。彼女が変化魔法を利用出来ないのであれば、彼女はジュエリアではな……い? ……いや待て、まだ決定づけるのは早い!

「根本的な話に戻りますが、ジュエリアの外見を偽って報告している可能性もありますよね?」
「それはないよ。実はジュエリアの姿を目撃した人物が何人かいて証言を取ったんだ。ジュエリアの特徴は誰もが同じように述べていて、最後には必ず美しい女性であると証言していたよ。しかも、その内の数人から、ジュエリアが王太子といた所をサロメ侍女長と一緒に見たと聞いたよ」
「そんな……」

 私は二度目の絶句……いや完全なる絶望感を味わう。ジュエリアとサロメさんが違う人物だというの? だからグリーシァンもサロメさんを白だと言い切るような口ぶりをしていたのか。

 そこまで言われてしまえば、サロメさんがジュエリアではないと認めざるを得ないだろう。だが、どうしても私は腑に落ちなかった。認めるのは簡単だ。でも何処か見落としている事はないのだろうか。

 ――考えろ、考えるんだ、ヒナ! ……まだ一つある!

「そうは言いますけど、見た目なんて女性です、化粧やカツラなどで偽る事ぐらい、いくらでも出来ませんか? 声だって裏声を出そうと思えば出せます。魔法を使わなくても変装が可能です」
「そうだな。そういった部分は誤魔化せるかもしれぬが、絶対に隠せない部分もある」

 答えたのは王太子だった。とても意味深な言葉で。

「なんですか、それは?」
「身長だ」
「身長?」
「サアちゃんの身長は女性平均より高く百七十センチほどあるが、対してジュエリアは百五十五センチほどの小柄だ」
「なっ」
「身長を高く見せる事は出来ても逆は無理だろう。勿論、変化魔法を使えないサアちゃんが身長を縮ませる事は有り得ない」
「…………………………」

 私はこれまでのジュエリアに会った時の記憶を呼び起こす。ヤツは常にローブを身に纏っていたから、正確な身長は不明ではあるが、言われてもみればサロメさんのように背は高くなかった。そして追い打ちをかけるように「ある事」を思い出す。

『駄目だ! それは私が許さない!』

 王太子の寝室へと侵入し、彼がサロメさんの縁談を認めないと頑なに叫んだ時だ。

『ヴァイナス様、どうなさったのですか? 何故そのように……』

 こうサロメさんは言い掛けていた。あれは「何故そのようにおっしゃるのですか?」と、言おうとしたのではないだろうか。もし彼女がジュエリアではあれば、自分を愛している王太子が怒る理由もわかる筈だ。

 でもサロメさんはその理由をわかっていなかった。それはその時まで彼女が王太子から愛されている事を知らなかったからだ。なんていう事だ。少し冷静になって考えてみれば思い出せた事だっただろうに。

 私は絶望の淵に立たされ、生きている心地がしなかった。今更だが自分の思い違いがとんでもない騒ぎを起こしてしまったのだと、あまりの衝撃に放心状態となった。

「ヒナ、事実を受け入れてくれ」

 アッシズから懇願の声を掛けられるが、私は意識を彷徨わせていた。そんな不安定な私の様子に、アッシズの表情は酷く心苦しそうであった。

「実はサロメ侍女長の想いでヒナを此処へ呼び出す事が出来た。彼女の働きがなければ、ヒナは今日処刑をされていた」

 思わぬ事実を聞かされ意識が醒める。

「今のはどういう意味ですか?」
「侍女長が王太子にヒナの処刑を考え直して欲しいと懇願してくれたのだ」
「え?」

 アッシズの硬い表情と口調が僅かに和らぐ。

「未来の妃の話を聞かないわけにはいかぬだろう」

 ――はい?

 この緊迫とした空気の中に異色が交じった。今の訳のわからない発言をしたのは王太子だ。何故か彼の頬は無駄に朱色に滲んでいた。

「どなたが未来の妃なんですか?」
「サアちゃんに決まっているだろうが!」

 王太子がイラッとして顔を歪ませた。……え? …………え? ………………え?

「えぇええええええ!?」

 ――い、いつの間に、そんな話になったんだ!?

 私は時と場合を考えずに雄叫びを上げた。

「サロメさんは王太子の求婚を受け入れたって事ですか!?」

 私は即座に確かめる。また王太子の勝手な妄想であると信じて! ところがだ。

「はい」

 ――ガチかよ!!

 私の意に反した答えがサロメさんから返ってきた! 実に早いレスポンスだ!

 ――はいって、そんな簡単に!

「王太子からの申し出を断る理由もありません」

 そこに愛は存在しているのか! きちんと自分の意思を持とうよ~サロメさん! 結婚だよ? 一生涯を共にする相手をそんな安直に受け入れちゃいけないと思う! 私は無性にサロメさんが憐れに思えてきた。

「幸い父からの縁談も白紙となりましたし」

 私が気にしているのはそこじゃないっての! 確かにヴェニット公爵との縁談は偽りであったけど、だからといって王太子の求婚を受けれるのはどうかと思う! なんか話がおかしな方向へと行ってしまっている。思考が迷走し過ぎて私はどうしたらいいわけさ!

「ヒナ……」

 私の混沌カオスはルクソール殿下の一言名を呼んでくれただけで沈静される。

「今回の件はサロメ侍女長が助けてくれた。だから彼女の事を信じてやって欲しい」





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