STEP58「真相は如何に」




 ――何処に連れて行かれるのだろうか。

 私は後を追うサロメさんの背中をずっと注視していた。

 ――地下牢獄を出たのは三十分ほど前の事だ。

 牢獄を出てから私はずっとサロメさんの背中を追っていた。彼女の考える意図が掴めない。彼女は自分がジュエリアではない事を証明すると言っていたが、その為だけに私を牢獄から出したというのか。

 彼女の独断……ではなさそうだ。確か私からある質問があった場合のみ答えて良いと、そう言っていたが、彼女に指示をした誰かがいる。きっと王太子が絡んでいるのだろう。守衛でもないサロメさんが鉄格子の施錠や私を縛っていた鎖を外した事には驚いた。それもきっとなにか意図があるのだろう。

 聞きたい事は山ほどあるのだが、彼女が質問に答える事はなかった。私からの質問に答える事は禁止されているのだろう。疑問がなにも解けていない為、危害を与えられない保証もない。話が終わった後、処刑される可能性だってある。

 今の私は鎖などで縛られてはいなかった。サロメさんも背を向けている。今なら逃げられるだろう。何度も逡巡したが下手な事はせず、大人しくサロメさんの後に続いた。すれ違う人達から向けられる鋭い視線には気付かないフリをしていた。

 そして早々はやばやと要件を話されるものだと思っていたが、とある一室に通され、お風呂に入るように勧められた。風呂ってなんだ! 話はどうした!? と、サロメさんに食いつきそうになったが、人と対面する前に身なりを整えろという意味だと察した。

 湯浴みは十五分以内で終わらせるように言われ、上がってからも五分で髪を乾かし、用意されていた淡いグリーン色のワンピースを借りて身なりを整えた私はサロメさんと一緒に部屋を出た……。

「こちらの部屋で話をします」

 思案を巡らせている間に、目的の場所へと着いたようだ。ブロンズ色の重厚な扉を前にして、私は深く息を呑んだ。この先の部屋でなにを話されるのだろうか……。サロメさんは簡素に伝えた後、拳で扉を叩く。

 ――コンコンコン。

「サロメです」
「入れ」

 ――ドクンッ。

 扉の奥から男性の声が聞こえると、私の心臓は嫌な音を立てた。さっきの声はヴァイナス王太子だ。やはり王太子が絡んでいるのか。

 ――ギィイイ――――。

 扉の硬質な音が今の私には軋むような不快な音に聞こえた。

「失礼を致します」

 軽く腰を折って挨拶をしたサロメさんが奥へと進むと、自分の瞳に室内の様子が映った。

 ――ドクンドクンドクンッ。

 脈打つ心臓と共に私の視界へ飛び込んできたのは……。夜空に瞬く星のように輝く金色の髪、宝石アメジストの光りを宿した紫色の双眸、誰よりも一番逢いたかった人の姿を目にして、胸がグッと熱くなる。

「ルクソール殿下!」

 私は弾ける声を上げて殿下の名を呼び、彼の元へと駆け走る。

「ヒナッ」

 殿下も私の名を呼ぶと、ソファから立ち上がって駆け寄る私を優しく包み込んでくれた。

 ――あったかい。

 ドクドクと殿下から伝う鼓動を感じる。殿下の温もりによって枯れていた私の心に芽が吹き、温かさを感じる。生きていると実感が出来る。大げさに思われるかもしれないけど、人間として戻れたように思えた。

 なにより生きてまた殿下に逢う事が出来るだなんて、そして殿下の腕の中にいる自分が夢のようで、嬉しさのあまり涙が滲み出てきた。これほど生きる喜びを感じた事はない。良かった、良かった、本当に良かった!

「ヒナ、躯は平気か?」

 殿下が私の顔を覗き込む。美しい紫色の瞳に翳りがある事に気付く。きっと殿下は心配してくれているんだ。

「大丈夫です」

 本当はあまり大丈夫とは言えなかったが、これ以上、殿下に心配をさせたくない。私は頑張って笑みを作った。私が無理に笑ったと気付いたのだろうか、殿下は切なげな笑みを返す。その笑みに今度は私の胸がギュウと締め付けられた。

「殿下のお顔を目に出来たので、すぐに元気になります」

 そう自然と言葉が続いた。今の言葉は本当だ。消えかけていた命の灯が勢いを取り戻したんだもの。私の偽りのない言葉に、殿下がはにかんだような笑みを広げた。さっきとは別の意味で胸がキュンと締め付けられた。

「ルクソール、そろそろ本題に入るぞ」

 ハッと私は夢から醒めたような感覚に見舞われる。王太子の一言で現実が飛び込んできた。そうだ、殿下の腕の中で夢心地に浸っていたが、今私は生きるか死ぬかの現実に立たされている。急に熱が引いていき、背筋が凍り付いていく。

 殿下の背後へ視線を巡らせれば、奥の席にヴァイナス王太子、その隣にはサロメさん、手前の席にはグリーシァンとアッシズの姿があった。皆からの目線が集まっている事に気付くと、喉元からゴクリと嫌な音が鳴った。

「そうですね、早速本題に入りましょう」

 毅然とした態度で応えた殿下は、そっと私から躯を離す。

「ヒナ、こっちだ」

 私は恐々とした気持ちを押し殺し、殿下から案内された席へと着いた。隣にはアッシズ、目の前にはサロメさんがいる。殿下は私の斜め右のお誕生日席に着いた。感嘆の溜め息が出てしまうような豪華な応接セットなのに、気持ちは鉛のように重々しい。

 …………………………。

 沈黙が堪えられない。一秒ですら数分に思えてしまう。それに目の前の王太子とサロメさんの表情を見る事が出来ない。牢獄へと放り込こんだ王太子への恐怖心やら、ジュエリア説の懐疑心やらと、複雑な思いが交錯していた。

「一週間の牢獄生活で己の愚かな行いを悔いたようだな」
「え?」

 王太子から思いもよらない、いや理解し難い言葉をかけられ、私は眉間に皺を深く刻んで彼を見つめる。私の難色に気付いた王太子は実に冷めた表情をして私を見ていた。それに酷く私は不快感を覚える。

 今の私の憔悴し切っている姿を馬鹿にしているのだろう。王太子の部屋に侵入して軽率に姿を現してしまった事には反省をしているが、今の王太子の言い方は私のすべての行動が愚かであったというように聞こえた。

「私に罪を被せたジュエリアを捕まる為の行動に全く悔いはありません」

 私は決然と答えた。ギッとサロメさんに威圧をかけて。私の目線のしにも、サロメさんから全く物の動じはなく怖いぐらい冷静であった。

「私は貴女がコソコソとなにかをやっている事には気付いていました」

 ――コソコソって私はコソ泥か!

 サロメさんの言葉に、私は心の中で鋭く突っ込む。

「ですが、私は任された仕事以外の事にはなにも触れずにいました。のちに自分が巻き込まれている事には驚きましたが」
「それは貴女がジュエリアである可能性が高かったからです」

 私は間髪入れずに口を挟んだ。

「まだ疑っているようですね」

 鋭く私と視線を絡んだサロメさんが物静かに言う。疑って当たり前だろう! 王太子からプロポーズを受けていたんだもの! 私はより険のある表情でサロメさんを見つめ返した。

「とんだ愚か者だな」

 ここで王太子が私へと侮辱を飛ばしてきた。

「サアちゃんとは昔ながらの付き合いだ。彼女がジュエリアであれば、何故今更ルクソール達に探させる必要がある?」
「それは身分差の恋を隠す為ではありませんか? サロメさんは公爵家のご息女といえ、王家に仕える侍女です。王太子との恋は身分の差があります」
「なに馬鹿な事を」

 王太子は厭わしい口調で吐き捨てた。私に対する視線は完全に敵視している。私は露骨に眉根を寄せ、王太子と対峙する。私にサロメさんがジュエリアではないと証明しようとしているのだろうが、私は逆に彼女がジュエリアであるとあぶり出していこうと思った。

「ジュエリアは王宮にいる人間の可能性が高いですよね? 外部の人間では考えにくい。身分のあやふやな人間が容易にこの王宮へと出入りする事は出来ません」
「確かにジュエリアは王宮にいる可能性が高いと思い、ルクソール達に探すよう命じた」
「では何故ジュエリアについて詳細を話してくれなかったのですか? 故意に彼女の情報を濁らせていましたよね? 彼女の正体を隠そうしていると疑われても仕方ないような漠然とした情報しか与えていませんでした」
「ジュエリアについて、私は本当になにも知らないのだ。彼女は自分の身分も正体も明かしていなかったからな」
「そんな怪しい人間を貴方は正妃に迎えようとしていたのですか?」

 ――王太子ともあろう者が、考えが浅はか過ぎるだろう!

「そうだな……」

 王太子が伏し目となった。珍しく反論が返ってこなかった。恋が盲目にさせたと認めたのか。それから思わぬ言葉が王太子の口元から零れ落ちる。

「ジュエリアは魔女だ」
「え?」





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