STEP57「貴女がジュエリアなの?」




 生まれて初めて本気で死にたいと思った。現実世界でも、こちらの世界に来てからも、私は生まれてこのかた一度だって死にたいと思った事はない。だが、この一週間が私の精神を決壊させた。

 食事は簡素ではあるが一日三回は出た。だが、食が喉を通さない。お風呂は浸かる事も浴びる事も出来ず、洗浄されたタオルで拭くだけ。就寝時間はきちんと与えられるが、そもそも寝られる筈がない。寝れたとしても必ず悪夢を見る。

 初めの数日間は生き地獄だと感じていたが、後半になるにつれ、なにかを感じる事すら出来なくなっていた。心身共に憔悴し切っていた為、生きる気力を失っていたのだ。なにを伝えてところでも、処刑への道は確実に近づいていった。

 ジュエリアが現われたあの後から、私への尋問が始まった。ヤツが言っていた通り、尋問室にはルクソール殿下、グリーシァン、アッシズの姿はなかった。彼等は今回の事件で私と接点があった為、公平な判断が出来兼ねるだろうと除外の対象となった。

 この時点で、私は司直十人を相手に一人で戦わなければならなかった。王太子の寝室に侵入した事によって、私には王太子を暗殺する可能性があったと見解された。しかも具合の悪い事に私の身元は不明である。容疑にかかった私の事は徹底的に調べられていた。

 ただ司直達の話から、私は記憶喪失者となっている事がわかった。殿下達がそう設定したのだろう。私もその流れに沿って事実を述べていった。最初に問われたのは王太子の部屋に侵入した経緯だ。それは王太子を誑かしたジュエリアを捕まえる為だと伝えた。

 そこから何故、私がジュエリアを探す事になったのか、鋭い詰問が次々に飛んできた。自身がジュエリアと疑われていた為、本物の彼女を捕まえる事になったと、記憶の消失はジュエリアに嵌められ、マラガの森で気絶した時にそうなったのだと、事実らしく繋げた。

 それで司直達が納得したかどうかはわからなかったが、尋問は進んでいった。難点となったのが、どうやって施錠の掛かった王太子の寝室に侵入したかだ。私自身には魔力がない。着ていたポンチョにも施錠を解く魔力はなかった。

 ここは正直に魔力をもった子犬に解いてもらったと話をした。だが、それは私の虚言だと覆された。この宮殿に魔力をもった子犬など存在しないと言われたのだ。それを聞いた瞬間、私は頭の中は真っ白となった。

 まさかルクソールがこの宮殿に住んでいる子犬ではなかっただなんて。その事実にショックを受けたのと同時に、彼に施錠を解いてもらった立証が出来なくなった。

 続いて王太子の主張だ。彼は決してサロメさんをジュエリアだと認めない。認めてしまえば、愛する彼女の処刑が確定されてしまうから当たり前だが、私は王太子がサロメさんにプロポーズをした時点で、彼が恋い焦がれていたジュエリアがサロメさんであると確信した。

 私はそこを強く主張したのだが、どんなに伝えたところでも、王太子の言葉の方が優遇される。その時、ジュエリアから言われた言葉を痛感した。身元不明の私と次代の王となる王太子、人はどちらの言う事を信用するのか……。

 理由はどうあれ、施錠の掛かった王太子の寝室へ侵入、王太子への不敬罪、憶測でサロメさんをジュエリアだと決めつけた虚偽の発言、これらに対する罰は免れない。厳酷な罪であり、それは「処刑」という形になった。

 今回の件は相手が王太子という事もあり、非常に厳しい処罰が与えられた。よほど正当な理由がない限り、罰の緩和はされない。ただ司直もすべての人が鬼ではない。中にはきちんと私の話に耳を傾けてくれる人もいる。

 しかし、司直達の持っている疑問をすべて解消しない限り、処刑は免れない。施錠の事、サロメさんのジュエリア説の事、真実を述べても信用されないのであれば、解消なんて不可能だ。それにもう手遅れなのだ。

 ――今日が処刑される運命の日であった。

 私は自分の運命を呪う。遅かれ早かれ、ここの世界に来た時点で私は死へと向かっていたのかもしれない。光が見えない。暗闇しか見えない。生きたいという気持ちはあるのに、躯はもう疲れた、長い眠りにつきたいと生きる事を諦念している。

 硬質な鎖がある限り、逃げ出す事は不可能、なにより心身がすり減り、逃げる事も叶わない。ほんの僅かな希望の光すらないのだ。生きる希望を持つ事の方が残酷であると悟る。ジュエリアに対する悔しい思いも、今となってはどうでもいい。

 ――もう楽になりたい、楽になりたい、楽になりたい。

 その言葉を呪文のように繰り返す。心が底なしの常闇に沈んでいく。そこにほのかな光が見えた。生きる希望ではない。でも私の心を大きく揺るがせた。

 ――ルクソール殿下。

 殿下の顔を思い出した途端、頬に熱い雫が伝った。もう涙を流す気力もなかったのに、今は目頭が熱く、涙が滾るように零れ落ちる。最後に一目殿下に逢いたかった。私にとって殿下との時間はとても幸福しあわせだった。

 殿下の優美な笑顔、温かい眼差し、穏やかな声音、優しい手の温もり。今まで感じた事のないドキドキした気持ちに溢れて、心が満たされていた。今ならハッキリと言える。私は殿下に恋をしていた。

 こんな事になるのであれば、殿下に自分の気持ちを伝えておけば良かった。叶わない恋だとしても、私が殿下を好きな気持ちを知っておいてもらいたかった。私が居なくなった後も、少しでも心に残してもらいたかった。

「ルクソール殿下……殿下……」

 私は唇を噛み締めながら、何度も殿下の名前を零した。

 ――カツ、カツ、カツ、カツ。

「え?」

 ゆっくりとした規則正しい靴音が牢獄内へと響き渡る。滲んでいた私の視界がスッと引いていく。靴音が近づいて来る度に私の心臓は狂った音を上げていた。私にはわかっていた。この靴音のぬしは私を連れに来たのだ。

 ――私を処刑する為に。

 ゾワゾワと背筋に寒慄が走る。死を覚悟したとはいえ、躯は酷く戦慄おののく。石造りの壁に人の影が映る。その黒い影が私には死神に見えた。

 ――怖い、怖い、怖い!!

 ジリジリと詰め寄る恐怖に気を失いかける。

 ――!?

 現れた人物を瞳に映した時、意識がグイッと引き戻された! ハッと息を切る。灰暗い空気に浮かぶ真っ白な顔。明るい場所で目にすれば幽霊と見紛うほど、血相の悪い蒼白した顔が私の姿をしっかりと捉えていた。

 ――サロメさん。

 躯が大きく震え上がる。繋がっている鎖からガタガタと音が鳴る。そんな私の様子を見ても、サロメさんは顔色の一つも変わっていないように感じた。

「何故……貴女が……ここに……いるの?」

 今にも消えそうな、か細い声をして私は問う。そして問いた後で気付いた。あぁ、そうか、私が処刑される今日だから彼女は現われたのだ。自分の正体を明かしに来たのだろう。確か私が処刑される前に正体を教えると言っていた。

 ――あぁ、やっぱり彼女がジュエリアか……。

 私はサロメさんの動向を見つめる。彼女は私から視線を逸らすと、握っていた鍵を鍵穴へと通す。カチャカチャと鍵の音が地下牢へと響く。

 ――ギィイイ――――。

 重厚な鉄格子の扉が開いた。サロメさんはゆっくりと私へと近づいて来る。彼女が近づくにつれ、私の意識は遠のいていきそうだった。彼女は私の目の前で立ち止まった。燭台の灯りの一部が彼女の顔を照らす。

 幽霊、いや今の私には悪魔にしか見えない。王太子を狂わせ、そして自分の罪を私に被せ、悠々としているこの人が悪魔ではないというのなら、なにになるというのだ。私の気力は残されていなかったが、視線だけは鋭くし彼女を射抜く。彼女は口を開く事なく行動へと出た。

「え?」

 ――カチャカチャッ。

 私は目をカッと見開いた。何故ならサロメさんが私の手を拘束している鎖の施錠を解こうとしていたからだ。

 ――ガチャガチャンッ!

 硬質な鎖が床に落ちると派手な音を鳴らした。続いて彼女は私の足首に掛かっている鎖の施錠を解く。私はその姿を茫然として見つめていた。

「なんで……鎖を……外しているの?」

 今なら渾身の力を振り絞れば、サロメさんを突き飛ばして逃げ出せるかもしれない。彼女は私の質問には答えない。そして完全に施錠を解いた彼女はスッと立ち上がって私に背を向ける。

「ついて来なさい」
「え?」

 言われた言葉に私の思考はついていかない。あぁ、そうか。鎖があろうかなかろうが行き先は変わらないのだろう。

「処刑の場へと連れて行こうとしているの? その前に聞かせて! 貴女はあのジュエリアなんでしょう!?」

 私はサロメさんの背中へと向かって、ありったけの声で叫んだ。溜まっていた感情をぶつけるようにして。私の甲高い声に彼女の足の動きが止まる。

「ここで貴女からの質問に答える事は禁じられていますが、ある質問があった場合のみ、答えても良いと許可を得ています」

 サロメさんは尻目だけを向けて妙な事を吐く。

 ――どういう意味だ?

「私が貴女の言うジュエリア女性かどうか……」

 彼女は私の方へと躯を向き直す。私はゴクリと喉を鳴らし、彼女の次の言葉を待った。

「違います。私はジュエリアではありません」

 ――え? 今なんて?

 私の脳内が理解に苦しむ。違う、違う? サロメさんはジュエリアではないと?

「そんな筈はないわ! だって貴女は王太子からプロポーズを受けていたじゃないの!? ジュエリアでなければ、そんな事有り得ないわ!!」

 考えるよりも先に私は糾弾していた。

「それをこれから証明します。早くついて来なさい」





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