STEP56「ジュエリアと牢獄の中で」




 重厚な鎖の音が陰湿な地下内へ響く。その生々しい音が耳の奥にまで纏うのが不快でならない。辺りは息を潜めるように静寂としていて、灯りは燭台の上で揺れている蝋燭のみで灰暗い。

 石畳の床は冷たく長時間尻をついているだけで、躯がひんやりとして固まっていく。その上、硬質な鎖で手足が繋がれ、自由が利かない。そして窓の一つもなく、時間という概念が奪われる。まさに囚人が住む地下牢獄だ。

 こんな恐ろしい空間で囚われの身となって、どのぐらいの時間が経ったのだろうか。感覚から予測して、少なくとも一日は経過しているように思えた。その間、私の心は生気を失っていった。正気でいろという方が無理だ。

 牢獄に入れられてから、すぐにポンチョは剥ぎ取られた。魔力を宿っている物を所持していたのは非常に具合が悪かった。下手に殿下やグリーシァンの名前を出すわけにもいかず、全く言い訳の利かない私の疑いは深くなる一方だった。

 ――なんでこんな事に……。

 こんな結末を迎える予定ではなかった。本来であれば、ここに入るべき人物はあの「ジュエリア」であった筈だ。何故、私がここにいるのだ。グッと胃から込み上げてくるものがある。胃液なのか怒りという感情なのか、それともその両方なのか。

 私は重い瞼を開き、脳裏に焼き付いているあの時の出来事を思い出す。私を糾弾して捕らえろと声高に叫ぶ王太子、その隣には恐ろしく無表情で佇むサロメさん、近衛騎士達に強制的に捕えられる私。

 フラッシュバックする光景に酷く嫌悪感を抱く。有り得ない展開だ。サロメさんにプロポーズした王太子を目にして、彼女がジュエリアだと確信した。私は決定的な証拠を掴んだと思い、独りでに行動を起こしてしまっていた。

 それが早まりであり、失態へと繋がったのは認める。王太子は酷く動揺していたにも関わらず、決してサロメさんをジュエリアだとは認めなかった。彼はジュエリアに溺れて結婚まで考えていた。

 もぬけの殻になってからも、ずっとジュエリアに固執し続けた。サロメさんの縁談を王太子に知らせた時、彼は頑なに彼女に縁談を断らせようと必死だった。挙句の果てには彼女へプロポーズ。サロメさんが間違いなく黒だと証明づけた。

 そこまでの証拠を掴んでおいて、当の本人を捕まえられなかったなんて不運のなにものでもない。残るは殿下達に賭けるしかない。きっと大丈夫、殿下なら私の話を信じてくれる。早く彼に会いたい。

 この牢獄にいる間、ひたすら殿下の顔を見たいと願っていた。ただ捕らえられてから誰一人と私の元には訪れて来ない。なんでだろう。殿下を信じたいのに、すぐに会いに来てくれないのはなんでだろうと悲観的な考えに陥る。

 ブンブンとすぐに私は首を横に振った。殿下達を信じられなくなったら、私は絶望的だ。希望の光を信じなくてどうする。私は最悪な事態は考えず、もう一つ気掛かりな事を思い出す。

 ――ルクソール……。

 あの時、一緒にいたルクソールは無事だろうか。賢いコだから上手く王太子の部屋から逃げられたと思うけど、それでも安否は気になる。私と一緒にいた事がバレて、酷い目に遭っていないかが心配でならない。

 ルクソールと一緒にふかふかの寝台ベッドで寝られないのも精神的に辛い。彼と一緒にいる空間は私の最大の安らぎだった。前向きに考えようと思っていても、結局マイナスの方向へと考えてしまう。

 ――カツ、カツ、カツ。

 一瞬で空気が変わり凍てついた。静寂な闇を裂くように響き渡る足音、誰かがこちらへと近づいて来るのがわかる。ドクンッと私の心臓は波打った。これは私が望む人物ではない。異様に騒めく胸がそう教えている。

 近づく足音と共に石造りの壁には人の影が映し出された。確実にこちらへと向かって来る不穏な影。正体のわからない影に、自分の額から滲む汗が恐怖を煽る。私は只ならぬ気配を感じ、息を押し殺していた。
 ――この足音は……。

 鋭いピンヒールの音、嫌という程もう何度も耳にしている。

「ジュエリア……」
「ふふっ、正解」

 自分にしか聞こえないか細い声でヤツの名を呼んだのに、ヤツの耳には届いたのか。聴覚まで鋭い魔女め! 私は現れた闇の影を鋭くめ付ける。ヤツは私が居る鉄格子の前で立ち止まった。

 例の如く深くフードを被っている為、素顔はわからない。そして私は鎖と繋がっている為、ヤツとの距離を縮める事が出来ない。多少の距離を保ちつつヤツと対峙する。

 ここにヤツが足を踏み入れられたという事は外の守衛は魔法にでもかけられて使い物にならなくなったという事か。コイツ一人が現われただけで、周りの空気がより陰湿に淀む。

「気分はどんな感じかしら?」

 ジュエリアは実に楽し気に、人を甚振いたぶるような不快極まりない愚問を投げかけてきた。

「なに今の愚問? 今の私の気分を訊いて、なにになるの?」

 ヤツから見れば、今の私は滑稽のなにものでもない。心の底から嘲笑っているのが、瞼に焼き付くように見えている。

「あらこれも社交辞令のつもりで訊いているのよ」
「いらないっての、そんなゲスな社交辞令」

 途端にジュエリアが色を損じたのを雰囲気で察する。

「なにその言い方。品がないわね。貴女、顔も醜くければ心も醜いのね」

 ――今の……。コイツ、王太子から言われた、あの不快な言葉を知っている。

 この言葉を知っているのはそれを言った王太子、言われた私、残るはサロメさんの三人だけ。という事は……やはりサロメさんがジュエリアなのだろう。

「アンタ、サロメ侍女長なの?」
「さぁね~? 答え合わせは貴女が処刑される直前に教えてあげるっていう約束でしょ? それまでの楽しみにしていなさいよ。死ぬ前に一つぐらいの楽しみがあってもいいわよね~」
「ふざけんなっ! 人をこんな目に遭わせておいて、悠々とアホな事を抜かすな!」
「あら、八つ当たりしないでくれる? 今回の件は貴女自らが起こした事でしょ?勝手に勘違いをして、暴走までしておいてね~」

 気がいで勝手に行動を起こした事は認める。でも元はといえば、すべてコイツが元凶なのだ。なのにこんな無関係的な態度でいるコイツの首を絞めてやりたい! 感情が高ぶってジュエリアを怒鳴り散らそうとした時だ。

「さてここに入っている間、退屈でしょうから、耳よりな情報を貴女にも教えてあげましょうか」

 先にヤツの方が口を開いてしまい、私の怒りの勢いが失われる。なんだ、耳寄り情報って。ろくな話ではないのだろうが。

「まずはルクソール殿下達が貴女の元へ面会しに来ないのは来られないのよ。なんせ今回怒らせた相手が王太子だものね。殿下よりも身分の高い王太子から圧力をかけられているから、面会は遮断されているの」

 ――そ、そんなぁ!

 今、一番求めているのは殿下達と話しをする事だ。王太子がサロメさんにプロポーズした時点で、彼女がジュエリアである決定的な証拠を知らせなくちゃならないのに!

「殿下達は手足が出せない。でもね、殿下ってば優しいのよ。助けられない貴女をなんとか救おうと必死で王太子に懇願して下さっているんですもの」

 ――ルクソール殿下……。

 私は目頭が熱くなる。殿下は私を救おうと必死に動いてくれている。殿下、殿下、会いたい!

「今後、貴女の尋問が始めるでしょうけど、貴方の味方となる人達はその席にはつかないわよ。殿下は勿論、あの魔術師と騎士もね」
「……っ」

 なんて事なの! これでは王太子とジュエリアの罪が立証出来ないじゃない! 私の心はどんどん泥沼の深みに浸かっていく。

「そして、これはとっておきの情報。貴女に対する処罰は間違いなく”処刑”よ。施錠が掛かっていた王太子の寝室に不法侵入、これは暗殺だと思われても仕方のない事。加えて王太子に対する不敬罪も上乗せとなって救いようがないわ」
「今回の目的は暗殺ではないわ! アンタの大罪を立証する為に起こした行動よ!」
「それを誰が信じてくれると思うの? ねえ、考えてみてよ? 貴女、このBURN UP NIGHT世界の外からやって来た住人でしょ? いわば身元が不明な人間、そんな貴女と王太子、人はどちらの言う事を信じるかしらね?」

 ジュエリアの巧みな責めに私は蒼白となった。次代の王と身元が不明な私、そんなのどちらの言葉を信じるのか一目瞭然だ。

「貴女の処刑は今から十日後、それまでここから出られる事はないわ」
「え?」

 ――十日間も?

 これでもかというぐらいどん底に突き落とされた私の思考は真っ白となった。十日もこんな陰湿な牢獄に閉じ込められていないとならないのか。それだけではない。理不尽な尋問も受けないとならないのだ。気がおかしくなるのは目に見えている。

「貴女、自らヘマをして捕まってくれるなんてね。私にとっては思ってもない幸運。ただ貴女をジュエリアとして処刑出来ないのが残念だわ。まぁそれは上手く取ってつけてもいいわね。いつまでも王太子を誑かした悪女を放ったらかしにしているだなんて、ルクソール殿下の体裁を悪くさせているだけだから」
「そんな理由で殿下は私を処刑しないわよ!」
「なんともでも言いなさい。殿下を美化するのは勝手だけど、貴女の処刑は免れないから」
「くっ……。私は処刑なんてされないから! 絶対にアンタの罪を立証してみせる!」
「仮に運良く処刑から逃れたとしてもよ? 貴女がここを出た時、殿下と交わした処刑の日にちまで残り三日となっている。もう死へのカウントダウンが始まっているわ。私にとっては好都合よね。ジュエリアとして貴女は処刑されるんですもの。色々と残念だったわね。ふふふっ、あはははははっ!」





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