STEP53「策戦の内容とは」




 ――一体、どうやって王太子とサロメさんを二人っきりにさせるのだろうか。

 私は固唾かたずを呑んで、殿下の言葉に耳を傾ける。

「今夜だがヴェニット公爵、つまりサロメ侍女長の実父に当たる方に“ある話”を持ち掛けるつもりだ」
「ある話ですか?」

 殿下の初っ端しょっぱなの説明から意図が掴めず、おのずと私は首を傾げた。サロメさんの実父を引き出すというのはどういう事だ?策戦とどう関係があるというのだろうか。

「あぁ。その話とは侍女長の縁談だ」
「えぇええ~~~~~!?!?」

 自分の事ではないのに、妙に驚いた私は素っ頓狂な声を上げた。

 ――どうして策戦がそんな話になったの! というか縁談は別の話なのか!

「反応が煩わしいよ」
「ヒナ、落ち着け」

 グリーシァンとアッシズのそれぞれから指摘を食らってしまった。(勿論、前者がグリーシァンで後者がアッシズだ)過剰な反応だったのは悪かったけど、いやだってね、あのサロメさんに縁談を持ち掛けるって、す、凄い事じゃない?

「そこまで驚くとは心外だったな」

 殿下が驚きの色を浮かべている。いや、驚きますって。そう心の中で突っ込むものの、私以外のみなが変に冷静でいるものだから、急に自分だけが恥ずかしくなってきたよ。

「お、驚きますって。いきなりサロメさんの縁談だなんて」

 私は恥ずかしさを隠すように言葉を返す。

「そうだな。半ば強制的に作り上げた策だ」
「え? ……もしかして縁談が策なのですか?」
「そうだが?」

 なにを今更という殿下の表情を目の当たりにして、私は瞬きを繰り返す。意図が掴めないというよりは策の為に縁談を持ち掛けられるサロメさんが素直に気の毒だと思った。ただそれはあくまでも彼女がジュエリアではなかった場合に限るが。

「なにか言いたそうだな?」

 私の形容し難い表情を目にした殿下は察する。

「あ、いえ策の為に縁談を勧められるサロメさんが少し気の毒に思いまして」

 私は気掛かりに思った事を素直に口にした。

「あぁ、なるほど。確かにヒナの言う通りだ。だが、安心してくれ。これはあくまでも策戦を成功させる為の一つの舞台に過ぎない」
「え? つまり本当ではないと?」
「そうだ。とはいっても、ヴェニット公爵と縁談の相手側には偽りという話は伏せておく。表上は本当を装うつもりだ」
「ですが、サロメさんがジュエリアではなかった場合、縁談が偽りであった事をヴェニット公爵側にも縁談のお相手の方にもお伝えするのは具合が悪いのではないでしょうか」
「確かに縁談は利用に過ぎない。万が一、侍女長がジュエリアであった場合、彼女を捕まえる為の致し方のない偽りであったと説明すれば、ヴェニット公爵側も相手側も納得せざるを得ないだろう。逆に侍女長がジュエリアではなかった場合でも、彼女も見合いを受ける年頃だ。タイミング的に問題はなく、縁談が上手くいけば、それはそれで彼女と相手の幸せに繋がる。それに見合いをしたからといって、必ずしも結婚しなければならないわけではない」
「そうなんですね」

 一応、私の心配している事も含めて殿下達は考えているようだ。説明の通り、そこまで懸念する事もないのだろう。

 …………………………。

 私は思考を元に返す。リアルを装ってまで引き出そうとする真実……。サロメさんへ偽りの縁談を持ち掛け、それから、どうやって王太子とサロメさんのボロを出させるのか。私は暫し口を噤み、思考を巡らせた。

 ――…………もしかして?

 私はある考えに至った。もしサロメさんがジュエリアだとして、その彼女の縁談が王太子の耳に入ったとしたらだ。

「きっと王太子は焦ってサロメさんに縁談の話を断るよう言いに行くのかもしれない」

 私は心の中で思った事を無意識の内に吐露していた。その言葉に真っ先に反応してくれたのが殿下だ。

「その通りだ」

 殿下から満足げな笑みが零れる。その笑みは微かに意味ありげにも見えた。

「ジュエリアに執着している兄上が快く祝福して下さるとは思えない。まずは侍女長に話をつけにいくだろう。とはいえ、おおっぴらに出来る話ではない。きっと兄上は侍女長と二人になる時間を無理にでも作る筈だ」
「なるほど」

 ようやく私は策の意図を掴んだ。これが王太子とサロメさんを二人っきりにさせる策戦だったのか。

「この策であれば、きっと王太子の方はボロを出す可能性が高いですよね。焦っている時ばかりは素で話をするでしょうし」
「まさにその通りだ」

 殿下が大きく頷く。大胆な策ではあるが実に効率的だと思う。もしサロメさんがジュエリアであれば、一気に正体を暴くところまでもっていけるかもしれない。これは凄い! 目の前にパァ~と希望の光が近づいてきたように見えた。

「そしてヒナには兄上と侍女長が二人になった時、ポンチョを利用し話を聞き出して欲しい」
「わかりました」

 今度は私が力強く首を縦に振った。ポンチョの本領の発揮はそこにあるのだろう。その場面の時はかなり重要だ。今から緊張が流れる。でももし上手くいけば、ジュエリアをとっ捕まえる最高の機会となるのだ。怯んでいる場合じゃない。

「この後、オレの方からヴェニット公爵を呼び出し、縁談の話を持ち掛ける。縁談の相手は厚生省長官の嫡男だ。優良な相手であるし、今夜中にはサロメ侍女長の耳にも入る事だろう。そして兄上には明朝に侍女長の縁談を知らせる。それから朝食時にサロメ侍女長と顔を合わせた時、兄上はなにかしらの行動アクションを起こすだろう。その際もヒナにはポンチョを着て様子を窺ってもらう」 「はい」

 着々と話は進んでいく。その朝食時も重要だな。今の時点の予測ではその時、王太子はサロメさんと二人で話をする約束を取り付けるだろう。私の役目は大きいな。頑張ろう。

 ――あとは実行のみだ。……いや待てよ。

 急に私はある見落としに気付いた。

「あの殿下はこれからヴェニット公爵の元へ縁談の話をされるのですよね? そして今夜中には縁談の話がサロメさんには伝わるだろうとお考えで?」
「そうだが。なにか問題でもあったか?」
「あ、問題といいますか、サロメさんが今夜こっそりと王太子に縁談の話をしに行く可能性もあるのではないかと思いまして」

 王太子には明日縁談の話をする予定だが、その前に先手を打たれてしまっては身も蓋もない。

「その心配はいらないよ」

 私の問いに答えたのはグリーシァンだった。間に口を挟んできたヤツの表情は相変わらず冷ややかだ。

「なんでですか?」

 私は眉根を寄せて問う。

「今夜、オレが侍女長を見張っているから」

 ――え、見張る?

 グリーシァンの意味ありげな言葉に私は半ばポカンとなった。

「それって睡眠を取らず一晩中、見張っているという事ですか?」
「そうだけど?」

 ――マジかよ!

 まさかとは思っていたけど、そのまさかだった。しかもグリーシァンはケロッとして答えたしね。

 ――けっこうご苦労なこった。

「侍女長がジュエリアだったとしても、さすがに今夜中に下手な行動を取らないとは思うが、万が一を考え、グリーシァンには一苦労を担ってもらう。もし彼女がジュエリアで暴走でもされた場合、止められるのはグリーシァンぐらいだろう」

 殿下の労いと持ち上げを含んだ言葉に、グリーシァンも苦を不服には思っていないようだ。逆に得意げな様子で満足そうだよ。さすが殿下、人の持ち上げた方をよく知り尽くしているようで。

「さてこれからオレ達はヴェニット公爵に縁談の件を話してこよう。ヒナ、明朝は頼んだぞ」
「はい、わかりました」

 力強い殿下の眼差しに私も真摯に答えた。明日はある意味決戦かもしれない。

「ポンチョはヴァイナス王太子の食事の前に渡すから」
「わかりました」

 わかり切っている事をグリーシァンから当たり前のように言われてイラッとした。我慢我慢。

「それとヒナ、そろそろ持ち場に戻った方がいいだろう?」
「え?」

 アッシズから促されて気付いた。……そうだ、私まだ仕事中だった。嫌な現実が舞い戻ってきたよ。明日に備えてゆっくりと休みたいところだが、まだ仕事が残っている。女中の仕事というよりはジュエリア探しをするという意味で頑張ろう。

「わかりました。すぐに仕事場へと戻ります」

 私はすぐさま立ち上がって殿下達に軽く会釈をし、会議室を後にしたのだった……。





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