STEP48「ジュエリアの嘲笑い」




―――仕事~仕事~!

 チェルシー様の強制的見送りを終えた私はせっせと仕事を熟していく。早く仕事を終えてジュエリア探しの時間を作らなきゃ。新たな有力候補として侍女長サロメさんが浮上したが、彼女オンリーに賭けるつもりはない。

 チェルシー様の時のような二の舞を踏みたくないからだ。サロメさんがジュエリアではない可能性も考え、常に候補を探し続ける事が大切だ。既にタイムリミットは半分を切っており、グズグズしている暇はない。

 それに明日からまた殿下から与えられた新たな「使命」を果たす事になっている。只でさえ仕事をしながらのジュエリア探しが重荷のところに、さらに使命を課せられてしまったのだ。気がズンと重くなるが、嘆いている時間さえもない。

―――ジュエリア…。

 心の中で名を呼ぶだけで、込み上げてくるいかりに身が震える。結局、チェルシー様はジュエリアではなかった。本物のジュエリアアイツはたから見ていて、さぞかし面白かった事だろう。高笑いをしているヤツの姿が目に浮かぶようだ。(といっても真の姿は知らないが)

 チェルシー様との件で気付いた事がある。ヤツは私だけを見張っているのではなく、私の周り全体を視野に入れて行動を起こしている。チェルシー様のように利用出来る人間には喜んで手を出す、悪魔のような女だ。

 一昨日のパーティも、アイツが私を嵌めようとしていたのは間違いないだろう。チェルシー様の私に対する嫉妬心と、私がチェルシー様をジュエリアだと思い込んでいる勘違いの両方を利用し、私が処刑される道を作り出した。

 アイツは王太子の元婚約者達をことごとく婚約破棄にした悪女だ。もしかしたら、私の見えないところで、チェルシー様に近づき、なにか吹っ掛けたりしていたのかもしれない。今となってはチェルシー様も帰国をしてしまい、常闇の中だが…。

―――さて近道をしようか。

 仕事モードに戻る。複雑な構造の宮殿は未だ私にとっては迷宮のようなものだ。内部はかかなり入り組んでいるが、実は外から回ってしまえば、意外と簡単に移動が出来たりするのがわかった。しかもけっこうな近道だったりする。仕事を少しでも短縮したいという私の願望に沿っている。

 という事で、こっそりと周りの目を盗んで外廊を使ってしまえ!周りに人がいないことを確認した私は外廊に繋がるバルコニーへと出た。出てすぐに目についたのが、豪華な噴水だった。

 円形型でウェディングケーキのように数段となっており、それぞれの段にはブロンズ像が綺麗に並んでいた。円台のトップからエメラルドブルーの水が盛大に飛沫を上げている。その姿も一種の演出のように美しかった。

 水が私の世界で言う純度の高い青い海のようで本当に綺麗なんだよね。これが普通の水なんだもん。色と水飛沫の演出に目を奪われた私はフラッと噴水の前にまで足を運んだ。水を近くにして見れば、透明度の良さが余計にわかった。

 盛大に放散している飛沫によって水面が弾かれ、波紋が幾度も広がる。映っている自分の姿が揺れ揺れであった。そこにふっと違和感を覚える。あれ?映っているのが女中姿の自分では…な…い?

 そう思った瞬間、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。それからすぐに噴水がピタッと止まり、私は目を剥いた。明らかにオカシイ。胸に不安が押し寄せ、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。

 サッと目を落とせば、揺れが収まった水面に映っているのは顔までスッポリとフードを被ったローブ姿の怪しい人物だ。唯一、真っ赤な口紅を塗った唇だけが見える。それも口角を上げて。即座に剣呑を感じ取る。硬直していると、水面の人物の口元が動く。

―――ジュ・エ・リ・ア・ちゃ・ん。

 と!ま、まさかジュエリア!?

―――なんでなんでなんで!?

 なんで私の姿がジュエリアになっているわけ!?大きく動揺した私はその場から後ずさる。

―――ハッ!背後にジュエリアがいるの!?

 バッと振り返ってみれば、ジュエリアどころか誰の姿も見当たらない。人の気配を感じさせない閑散とした辺りに、さらなる違和感を覚える。

―――誰もいない?なんで?じゃぁ、さっき水面に映ったものはなんだったの!

 …………………………。

 オカシイ、なにかが。まるで私以外のものの時が止まったように思える。私は恐る恐る慎重に前へと進んでいく。辺りに変化はない。目に付くのは先にある噴水だ。あそこになにかがある。そう直感した私は勇気を振り絞って噴水の方へと進む。


 近づくにしろ、澄んだエメラルドブルーの水面に黒い影が見えてきたのは気のせいだろうか。鼓動が切迫する。本能的に近づくのをよそうか迷う。いや、怯んでいる場合ではない!私は意を決し、噴水の中へと視線を落とした!

―――なにこれ!ば、化け物!?

 モワッとしたいびつな黒い影が水面下から浮かび上がってきた、その瞬間だった!

「そっちじゃないわよ。こっちよ」
「!?」

 頭上から大声を落とされた。忘れもしない、いや忘れも出来ない、この声は…。反射的に私は視線を上げる。

―――眩しっ!

 目の先が逆光によって遮られる。毎度の事だが「ヤツ」の登場は姿を見られないように計算されているのか。私は後退をして光の調整に入るが意味がない。無理に視線を上げれば、視覚が潰れてしまいそうだ。

「アンタ、ジュエリアね!」

 私は自分の腕でなんとか光を遮り、声を張り上げた。

「ご名答ね。当たりよ。ふふふっ、元気にしていたかしら?ジュエリアちゃん」

 相変わらずジュエリアは私に対してナメ腐った口調をしている。どうやらヤツは噴水の吹き口に足を組んで腰掛けているようだ。どうやってあそこまで上ったんだ!さっきまで噴水が派手に吹き出ていたというのに。

「ナメた言い方はよしなさいよ!また平然と私の前に現れてなんの用よ!」

 煩わしい光に堪え、私はジュエリアに向かって言葉を突き返す。アイツが私の前に現れる時は決まって悪い知らせを伝えてくる時だ。

「貴女、私が忠告したにも関わらず、まだ無駄な仕事をしているみたいね。いい加減に諦めたらいいのに」

 ほらこの通り。今のように私を蔑んだ言葉をぶつけてくる。現れては常に私を馬鹿にしているのだ。

「アンタの正体を暴くまでは諦めるつもりはないわ!」
「貴女、本当に悪運だけは強いものね。一昨日いっさくじつのパーティでも、超我が儘な姫君に大恥をかかせて、処刑は免れないと思ったんだけどね」

 ジュエリアがクスリと鼻で笑っているのが、手にするようにしてわかる。

「こちらとしては非常に残念だったわ~」
「…………………………」

―――これがあのサロメさんなのか。

 私は何処か冷めた目をしてジュエリアを見返す。普段のサロメさんのアルトの声とは全く異なる澄んだソプラノの声、それは魔力で変えている可能性があるとしても、なによりこのギャルのようなキャピキャピとした反応が彼女だと結び付けづらい。

 いや、敢えてそう演じる事で、自分の足をつけないようにしているのかもしれない。ジュエリアは相当狡猾な人間だ。ちっとやそっとではボロが出ないよう、ヤツなりに考慮して事を進めているのだろう。

「実に残念だったわね。ジュエリアわたしだと思っていた姫君が帰国してしまって。これでも私、貴女の事を応援していたのよ」
「なにが応援よ!アンタ、チェルシー様を利用して、私に彼女をジュエリアと疑わせていたわよね!」
「なにを言っているの?貴女や殿下達が勝手に姫君を私だと勘違いしてたんでしょ?人のせいにするだなんて甚だしいにも程があるわ」
「…っ」

 確かに最初に疑ったのは私自身だ。チェルシー様の悪女っぷりが目の先にいるジュエリアとあまりにも酷似していたからだ。とはいえ、完全な私の思い込みには非がある。非常に痛いところを打たれた。

「でも!アンタはパーティでチェルシー様があんなあくどい計画を起こす情報を入手して、私に伝えてきたわよね!それってチェルシー様を利用しようとしたって事じゃない!」
「ふふっ、そりゃぁね、利用出来るものは最大限に利用させてもらうわよ。私にとっては貴女だろうが、姫君だろうが、どちらがジュエリアとして捕まっても、好都合なのは変わらないもの。まぁ、結局捕まった姫君の方を私として処理する事は出来なかったみたいだけどね」

 本気で残念そうに語るジュエリアの神経を疑う!ヤツへまともに顔を向ける事は出来ないが、私は精一杯、怒りの表情をぶつけていた。

「ふふっ、ねぇ?随分と楽しませてもらったわよ。この数日間。姫君をジュエリアだと思い込んだ貴女が必死になっている姿は本当に見物だったわ」
「…っ」

 やっぱり思った通りだ。ヤツは勘違いをしていた私を傍観していて、ずっと高笑いをしていたんだ!こんなヤツにずっと踊らされていたなんて悔しい!それでも私は負け惜しみを表へと出さないよう抑える。

「人でなし!いやこの悪魔!人に自分の罪を被せようなんて人間でも魔女でもない!悪魔よ!」
「なんとでも言いなさいよ。今の吠える貴女の姿は本当に滑稽だわ。さて処刑まで半月を切ったけど、次はどうやって私を楽しませてくれるのかしら?次の私候補は見つけたかしらね。ふふふっ」
「…………………………」

 私は無言でジュエリアを睨み返す。「私候補」、ヤツの言うその言葉の意味はサロメさんの事を表しているのだろうか。ヤツは完全に面白がっている。私の行動を一つのゲームをするように愉しんでいるのだ。

「必ず私はアンタを捕まえる」
「無理よ、絶対にね。それはいつも言っているじゃない?少しは頭に入れておきなさいよ。ふふふっ。貴女がまた絶望に染まる姿を目にする日を楽しみしているわ。その日も間もなくやってくるでしょうね」
「絶望に染まるのは私じゃなくアンタの方よ!」
「ないわ、それは絶対に。行く末は貴女の公開処刑よ。そうね、死ぬ時ぐらい私の正体を教えてあげてもよくってよ。ふふふっ」
「その前にアンタの正体を暴いてやるから!」
「そうやって儚い夢を描いていればいいわ」

 そう優雅に嘲笑ったジュエリアはスッと立ち上がる。そして前回と同様、ヤツの姿は陽射しに溶け込むようしてスッと消えていったのだ。間もなくしてすぐ噴水が盛大に上がり、ビクンと私の肩は跳ね上がった。止まっていた時がまた動き出したのであった…。





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