STEP47「いつ友達になったんですか」
「あら、やっと来たの? 遅かったじゃない」
顔を合わせた途端、第一声がこれか。私は心の中で冷めた表情をして相手を見ていたが、決してそれを表へと出さぬように抑えていた。私はこの威丈高な「姫君」より大人だからね。
その姫君は花柄が気に入っているのか、ドレスの上部は抽象的な花のデザインで、下肢の部分は無地の純白なレースに包まれている。勝気な印象はあるが、美人な部類に入る彼女は今日も上品なハーフアップの髪型で決めている。
あ、気付きました? まさにその通り! 今、私の目の前にはあの「チェルシー」様がいる。なんでかって? それはこっちが聞きたいぐらいだ。急に呼び立てられて、私も訳がわからない。
朝の殿下達とのミーティングが終わった後、今度は仕事の合同朝礼へと向かっていたところに、ある使用人さんから呼び止められ、なんの用だと聞いて驚き! チェルシー様がお呼びだから付いて来いと言われ、最上階のテラスまで訪れた。そこにチェルシー様がお付きの人達と一緒にいたのだ。
「こちらへ来るように言われてから、すぐに参りましたが」
私は自分に非がない事を伝える。遅いって言われたけど、それはないよね。こっちは仕事中だったわけだし、姫君のように自由に時間は使えないっての。
「そう」
私の答えにチェルシー様は良くも悪くないといった様子であった。
「今日はどのようなご用で私を呼んだのですか?」
正直、二度と顔を合わせたくない相手だ。先日の事件から、まだ丸二日しか経っていない。もう彼女とは二度と会う事はないだろうと思っていたのに。相手が姫君だとしても、私にとっては酷い事をした罪人だ。
いくらチェルシー様から呼ばれたといっても、安易に彼女の元にはいけないだろうと思っていたが、グリーシァンからもサロメさんからも仕事よりもチェルシー様を優先にするように言われてしまった。なんだかんだ姫君の特権ってやつか?
「決まっているじゃない。私の見送りよ」
「はぁ……」
――超意味不明。
こればかりはちと表情に不満を表してしまったかもしれない。見送り……ジュエリアではないと見做された彼女は今日の朝一で帰国する事となっていた。にしても私に見送りってなんだ? なんでそんな事を平然として言えるんだ?
あれだけの騒ぎを起こしたからね。さすがに娘に甘いクリストローゼ国の陛下も、娘がいつまでもこの国に居ては体裁が悪くなると、即行に帰国命令を出したらしい。つぅか根本的にだけど、向こうの国王陛下も娘を好き勝手にさせ過ぎたよね?
この件に関しては憤りしかないところだけど、大きく良かったと言える点もあった。それは殿下との自称婚約話が完全に消失した事だ。殿下とそしてグレージュクォルツ国陛下の口からハッキリとチェルシー様に伝えたようだ。
虚言を繰り返していたチェルシー様がルクソール殿下に相応しいわけがない。こればかりは彼女も渋々と認めたようだ。そして心配していたクリストローゼ国との金剛石の件も今後とも変わらず交流が保てるとの事。良かった良かった!
私にとっては散々であったが、殿下の長年の重荷が無くなったから、嫌な思いをした甲斐があったと言える。殿下を少しでも救う事が出来て、私は心の底から胸を撫で下ろした。さてそんなところに見送りをしろと、またチェルシー様はなにを企んでいるのだろうか。
「私がチェルシー様をお見送りする意味がわかりません」
今日で彼女とお別れだし、多少言葉が過ぎていてもいいかと、私は強気に出た。
「あら、随分と言うようになったじゃない?」
「そうですか?」
私は淡々と返す。大勢の人前で恥晒しにされたんだ。この人は自分が悪い事をしたと思っているのだろうか。とても反省をしているようには見えない。そもそも反省をしていたら、私に会おうとは思わないだろうし、会ったとしても真っ先に謝るところから始めるよね。
――この姫君に対して常識的な考えは愚かか。
私はまともな考えを即行に打ち消した。
「貴女、私とは深い交流があったんだし、見送りぐらいして当然でしょ?」
「はい?」
――どの面下げて、んなアホな発言が出来る?
私は瞬時に難色をチェルシー様へとぶつける。なにが深いだ! 不快の間違いだろうが! 勝手に散々と人をイビッておいて、なにシレッと交流だとかほざいている? 時間の無駄だ。頭のオカシイ人とはこれ以上一緒には居たくない。
「最も私が不適切な相手だと思いますので、これにて私は失礼させて頂きます」
私は軽く頭を下げた後、チェルシー様を見ずに去ろうとした。ここで彼女との時間を食うのはゴメンだ。私にはやらねばならない事がある。
「待ちなさいよ」
背を向けた途端、チェルシー様から呼び止めれる。なんなんだと私はイラっとする。
「なんですか?」
私は振り返り、明らかに不満げに問う。
「貴女が見送らないと、他に誰が見送ってくれると言うのよ?」
「は?」
――なになになに? ガチ意味がわからん!
腰に手を添え仁王立ちで言い放ったチェルシー様だが、私はどう理解してあげたら良いのだろうか。
「どなたかに見送ってもらって下さい」
うん、これぐらいしか返す事が出来ないわ。私は何事もなかったように、また背を向けて歩き出そうとした。
「待ちなさいよ」
そこに・ま・た・だ。彼女から呼び止められる。なんなんだ、この人は! このまま無視して走って逃げようかとも思ったが、そこをなんとか抑え振り返る。
「さっきからなんなん「貴女が見送るのよ」」
…………………………。
誰か助けて下さい。チェルシー様の背後には付き人さん達がいますよね? この不可解な姫君を見て何故誰も止めないんだ? 彼女が私にやった事を当然知っていますよね?
「なんで私なんですか?」
私はきつく咎めるような視線をぶつけて問う。するとチェルシー様はフンとした態度をして、なにも返さない。なんなんだ、本当に! ……ってあれ?
――貴女が見送らないと他に誰が見送ってくれると言うのよ?
さっきの言われた言葉を思い出す。他に誰がって言うのは……? 私はある事に気付いた。
「他に誰も見送りに来ないので、私に見送りをさせようとしているんですね?」
「別にそうでもないけど」
――図星だ!
間違いない。チェルシー様が実に不機嫌そうな様子へと変わったのを目にして私は確信した。彼女には友達がいないだろうねぇ。この見送りに誰も訪れないなんて、よっぽどじゃない? 姫君ってだけで周りからチヤホヤとされてきていたんだろうけど、実際は人から嫌われてそうだもん。
「チェルシーは性格がお悪いですからね。ご友人がいらっしゃらないのも納得しますよ」
私は堂々と心の中で思った事をそのまま口にしてやった。罪人の彼女に言葉を遠慮する必要はない。それに彼女が凄い剣幕へと変わる。
「ブスのくせに生意気よ!」
「チェルシー様みたいに顔は美人でも、性格ブスで友達がいない人より遥かにマシです」
私は冷めた表情をして返してやった。どうだ!
「フン!」
珍しい。もっと言い返してくるかと思ったが、チェルシー様は鼻息を荒くして口を噤んだ。少しは自分の悪い部分を自覚しているのだろうか。
「今回の事を機に心を改めてはいかがですか? でなければ、いつまでも友達は出来ませんよ?」
これくらいは言ってやらないとね。今の彼女の表情といったら……うん、気に食わなかったようだね。
「友達ぐらいいるわよ! ルクソール様やサロメ侍女長は友達なんだから!」
「は?」
――なに今のチェルシー様の狂言?
私は数秒の内に瞬きを繰り返す。殿下やサロメさんが友達ってなに?
「二人とも他の人達みたいに私に取り繕う事もなく、接してくれているもの! 友達よ!」
「はぁ……」
――やっぱ意味不明。
チェルシー様の勝手な思い込みじゃ? ……いや、待てよ。確かに殿下は誰に対しても優しい。そしてサロメさんは誰に対しても変わらない姿勢だ。という事はだ。チヤホヤしてくれる周りの人間とは二人の接し方が違うから、友達だって思っているんじゃ?
殿下を慕っていたのも、単純に……純粋に優しく接してもらえたのが嬉しかったからなのか。またサロメさんにキツイ態度を取らなかったのも、彼女が変に取り繕ったりしないから、親しみを感じていたのか。
――す、凄いご都合主義!
私はまた口がポカンと開いてしまった。この姫君、本当に友達がいないんだな。私は変な意味で彼女を憐れに思った。
「そろそろ迎えが来るわ。ちゃんと私の見送りをしていくのよ。貴女も私の友達なんだから」
「!?」
き、聞き間違い!? い、今、チェルシー様の口から私を友達だって言わなかった!?
「い、いつから私がチェルシー様の友達になったんですか!」
あれだけ散々私に酷い事をして友達もへったくれもない!
「貴女のような不躾な女中を咎める事もなく接してあげていたのは、貴女が私の友達だからに決まっているでしょ?」
「はい?」
絶句。ドヤ顔で言い放つチェルシー様に、私はどう反応したらいいんだ。これまでの何度も彼女の狂言は聞いて呆れてきたが、こればかりはなにも言葉が出ない。
――もしかして……。
私がどんなにイビられても、嫌がらせをされても、なんだかんだチェルシー様を相手にするもんだから、勝手に友達にされたんじゃ?
――うっそ~ん!!
こんな事ってあるのか! と、私は叫びそうになった。その時、またタイミング良くおったまげな出来事が起こった。チェルシー様のお迎えは馬車なんて可愛いものではない。そもそもここ最上階のテラスだしね。なんと真っ赤な飛竜だったのだ!
話に聞いていたけど、生の飛竜を目の前にして私はバタンと失神してしまいそうになった。硬質な鱗、太く鋭い爪と牙、厚みと質量を加えた巨大な有翼、弾力のあるたてがみと、大きさも見た目も半端ない!
現実感のない私は完全に固まっていたが、チェルシー様はお付きの人達を連れ、豪快に着地を成功させた飛竜の元へと向かおうとしていた。そして最後にだ、彼女から一言こんな言葉を投げられた。
「手紙ぐらい書いてあげるわよ。友達だしね」
と。やたら「友達」という言葉に拘っていると、私は複雑な気持ちのまま、結局チェルシー様を見送ってしまった。怒涛の嵐が過ぎ去り、宮殿には平穏が訪れたかと思いきや、三日後には早速チェルシー様から手紙が届いたのだ!
それから定期的に彼女から手紙が届くようになり、気が付けば、私はチェルシー様の友達という関係にならざるを得なくなっていたのだった。(手紙の返信を書いている余裕はないんだよ~!)