STEP42「彼女がジュエリアなのか?」




 明日までの辛抱だ。今は殿下の言葉に甘えてゆっくりと休もう。素直に返事をした私に、殿下から安堵の笑みが広がった。心は複雑ながらも、殿下の綺麗な笑顔に見惚れてしまう。

「そろそろオレは部屋から出よう。あまり長居をしてはヒナがゆっくりと休めないだろう」
「いえ、とんでもありません」

―――むしろ一緒に居てもらえて幸せです♪

 礼服ドレス姿の殿下は美し過ぎる!傍にいてもらえて顔のニヤけを抑えるのに必死だもの。

「あとは大丈夫か?なければオレは出るが」
「大丈…あ!」
「どうした?」

 私は素っ頓狂な声を上げた。急展開の連続でスッカリと抜け落ちていたけど、ルクソール!(殿下じゃなくて子犬の方)

「あ、あの殿下、お忙しいところに申し訳ありませんが、お願いがあります!」
「なんだ?」

 私の必死な様子に殿下は何事かと目を丸くしている。

「あの私の部屋にですが、夜になると現れる子犬がいるんです」
「子犬?」

 殿下は目をしばたかせる。いきなりなにを抜かすんだ?と、変に思われているんだろうけど、私にとって子犬のルクソールは大切だ。

「今日、私が部屋にいないので、もしかしたら部屋で一人待ちぼうけているかもしれないんです。殿下でなくても構いません。どなたでもいいので様子を見にいってはもらえませんか?もし部屋に子犬がいたら、この部屋に連れて来て欲しいんです」

 毎夜、私の部屋に来ていたルクソールだ。きっと今日も来ているだろう。あんな小さな子を一人には出来ない。

「わかった。様子を見てこよう」

 私の必死な様子が伝わったのだろう。殿下はやんわりと顔を綻び、快く引き受けてくれた。それと何故、子犬が私の所に?と、追及されるかと思っていたけど、殿下はなにも問わなかった。

 問われても上手く説明が出来ないから助かる。人の飼い犬を部屋に入れて勝手に一緒に寝ているからね。怒られても仕方ない事だ。とはいえ、今更ルクソールと離されるのは辛すぎる。だから触れられないのは有難い。

「有難うございます。綺麗な金色の毛並みで、尻尾が長いのが特徴の子犬です。とても可愛いので目にされれば、すぐに分かります」
「あぁ、わかった」
「お願いします」

 私は頭を垂らして恭しく殿下へとお願いをした。

―――ルクソール、出来れば今日も一緒に眠りたい。

 こんな凄絶な出来事が起きた夜だ。彼が一緒なら精神的にもだいぶ救われる。私は切に願った。それから最後に殿下がポンと私の頭を撫でてくれた。何度手を置かれても温かい心地好さは変わらない。

「じゃぁ、オレは行く」
「はい。お忙しい中、足を運んで下さり、有難うございました」
「あぁ。なにかあればすぐに呼んでくれ」
「お気遣い有難うございます」

 殿下の優しい微笑を最後に私達は別れた。パタンと出入口の扉が閉まると、名残り惜しさが押し寄せる。そんな切ない思いを感じつつも、私はいつの間にか眠りについた…。

 …………………………。

 それから真夜中の時間だろうか。ふと目が醒めた。真っ暗で微睡む意識に勝てなく、再び眠りにつこうとした時、私の枕元の隣で、もふもふしたものを感じた。手触りですぐにルクソールだと気付く。

―――あぁ、誰かが連れて来てくれたんだ。

 良かった。明日、殿下に会ったらお礼を伝えておこう。私は幸せな気持ちでルクソールを引き寄せ、再び夢の中へと入っていった。やっぱりルクソールと一緒は心地好い。この幸福感が現実にまで続いて欲しかった。だが、現実はそう甘くはなかった…。

❧    ❧    ❧

 翌日の日が沈んだ頃。この日は殿下の気遣いもあり、女中の仕事は休ませてもらっていた。ただ夕方には殿下を含むミーティングへと呼ばれた。朝のミーティングと同様、グリーシァンとアッシズとの会議であった。

 勿論、内容はチェルシー様の事だ。知りたいようで知りたくない、知りたくないようで知りたい、そんな葛藤に狭間れながら、私はミーティングに参加をしていた。今日で例の件が明かされるのだろうか。

 グリーシァンの話では昨夜、チェルシー様は睡眠をとっていないとの事だ。昂奮していたのもあり、とても寝ていられる精神ではなかったようだ。それから日が昇る頃には彼女の興奮は落ち着いていたそうだ。

 正確に言えば、憔悴し切っていたという方が正しいのかもしれない。事が思惑通りに行かなかった焦燥感やいかり、今後の自分がどうなるかの不安や恐れ、そういった負の精神が彼女を疲れ果てさせたのだろう。

 だが、彼女への尋問は行われた。これはチェルシー様の国の許可云々は関係なしに始められる。罪人と見做された場合、いくら相手が王族といえど、この国グレージュクォルツでは取り調べを強要する。それがこの国の法だ。

 チェルシー様は始め、頑なに自分は悪くないの一点張りだったが、真相を話さない限り、尋問部屋からは出して貰えない。これは本当に厳酷で食事も一切出されず、ずっと取り囲まれたままでいなければならない。

 今回の取り調べには司直を始め、魔術師や騎士数名がついた。そこにグリーシァンとアッシズも含まれていた。本来、司直の数名で尋問は行われるのだが、チェルシー様はジュエリアという危険性もある。万が一、大事になった時、取り押さえる人材が必要であった。

 司直だけの尋問でも相当気は張り詰める。それに輪をかけて上級魔術師と騎士にまで囲まれているのだ。一国の姫君であっても気後れはする。チェルシー様も数時間後にはとうとう口を割った。彼女は何故、私に目をつけて嫌がらせをしていたのか。それは…。

「以前、ヒナの頭を撫でられる殿下のお姿をご覧になり、その時、抱いた嫉妬がきっかけでヒナへ嫌がらせをするようになったそうだ」

―――え?

 厳しい口調で語り出したアッシズから聞かされた真実に私は唖然とした。

―――殿下から頭を撫でられた?

 記憶では人前で殿下から頭を撫でられた覚えはないんだけど…。いや、そういえば、いつか私が貴婦人のお茶会に潜入したようとした日、殿下とバルコニーで会って、頭を撫でられた記憶がある。

―――あの時か。

 確かにあの後、私はお茶会へと潜入した時、何処からともなくチェルシー様のお出ましがあった。周りの貴婦人達が彼女を招いた様子も見受けられなかったし、彼女は勝手に登場して私に紅茶をぶっかけたり、罵声を上げたり、酷い仕打ちをしたんだよね。

 今、話を聞いてやっと納得した。彼女があそこまで私に対しての嫌がらせに執着していたのか。殿下が私を構うのが気に入らなかったのか。でもきっかけがわかったからといって、私に対してやってきた事は許せない。

「女の嫉妬ってこっわ~、ていうか醜い?」

 今の発言はアッシズの隣に座るグリーシァンだ。ヤツは腕を組み、他人事だと思っているのか悠然としている。イラッとする態度だ。んな悠長に言える出来事ではないっての!私は無意識にヤツを睨む。

「きっかけはわかりました。ただそれはチェルシー様としての事情ですよね?」

 私が知りたいのは私をイビッていた理由よりも、彼女が「ジュエリア」であるかどうかを知りたいのだ。表の理由は嫉妬かもしれないが、彼女がジュエリアであれば、裏の本当の理由がある筈だ。

「チェルシー様はジュエリアだったのですか?であれば、理由は大きく異なる筈です」

 私は一気に核心に迫ろうとした。私の発言に目の前の三人を纏う空気に変化が生じた。殿下がグリーシァンとアッシズと顔を見合わせる。

「ヒナ、その事だが…」

 殿下の低く重みのある声が言葉を綴る。その様子に私は妙な緊張が迸り、ゴクリと喉を鳴らした。

「チェルシー姫は”白”だ」





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