STEP41「急転する事態」




「ヒナから手を放せっ」

―――え?今の声…ルクソール殿下?

 瞼をきつく閉じていた私は驚きのあまり、羞恥を忘れて目を開く。すると、

「ルクソール様、なにを?」

 殿下の隣でチェルシー様の表情に切迫感が募っていた。そんな彼女には目もくれず、殿下は騎士に拘束されている私の前まで来られた。

「放せと言ったのが聞こえなかったのか!」

 怖い。かつてこんなに語調を荒げ、厳酷な面差しの殿下を目にした事がない。私の躯を拘束している大柄な騎士達の手が震えている。

「で、ですが、殿下、この者はチェルシー様を「どけ!ヒナから手を放せ!」」

 殺気立つ殿下の気迫に押された騎士達は大きく怯み、押さえていた手の力を緩める。そこに殿下は手を伸ばし、私の腕を引っ張り上げると、私の躯がフワッと持ち上がった。

「で、殿下!」

 えぇ!私は殿下からお姫様抱っこをされていた。殿下のあまりにも軽やかで俊敏な動作は一瞬で、私の状況を変えた。

―――ど、どうしてこんなシチュエーションに!

「大丈夫か!ヒナ」
「は、はい。ですが、少し目にドルチェが入ったようで痛みがあります」
「わかった。すぐに手当てをしよう」

 殿下の顔が間近すぎて胸の高鳴りが治まらず、別の意味で大丈夫ではない。それに私より殿下の方が深く傷ついた顔をしている。懺悔を抱えて苦しんでいる人のようだ。

―――どうして殿下がこんな傷ついた顔をしているの?

 まるで彼が私に詫びているように見えた。その様子に私の胸が熱く揺さぶられる。

「ルクソール様!お召し物が汚れていらっしゃいます!」

 この場でなにを思ったのか、チェルシー様が私と殿下の間に割って言葉を挟む。殿下の礼服ドレスが汚れているって、私が汚れものだと遠回しに言いたいのだろう。確かに殿下の高価なドレスの美しさを損なわせている事には申し訳なく思う。

 だけど元はといえば、チェルシー様が私を突き飛ばし、チョッポリーナを投げつけた事が原因だ。それなのに、私一人だけに非があるような言い方をし、自分の非は全く気にもせず、昂る感情をヒートアップさせている。

「罪人からお手をお放し下さいませ!せっかくのお召し物が台無しですわ!」

 尚も食い下がって、私を罪人扱いするチェルシー様から、決死が向けられていた。なんとかして私から殿下を引き離そうとしているのだろう。その必死な様子がとても痛々しく思えた。そんな彼女を殿下は気にも留めず、私を抱き上げたまま彼女に背を向ける。

「で、殿下!何故、私ではなく罪人の手を取られたのですか!」

 殿下の背に向かって、チェルシー様が胸の思いを叫ぶ。完全に負け惜しみの言葉にしか聞こえなかった。

「チェルシー姫、話は後ほど公平な場でお聞きしましょう。どうか今はお控え下さいませ」

 尻目を向け、殿下が最後に残した言葉は彼女にとって厳酷なものとなった。「公平な場」、それは一方的な言い分だけを聞かぬと釘を刺したのだろう。それになにより殿下の低く厳かな口調に、さすがのチェルシー様も口を閉ざした。

「チェルシー様、今回は少々度が過ぎていらっしゃいました」

 見知った顔の登場に私は目を剥く。現れたのはアッシズだった。彼はチェルシー様の前まで来て、叱責の言葉を落としたのだ。

「なっ、なによ!度が過ぎていたって!私はあの女中の罪を咎めていただけでしょ!それの何処が度が過ぎていたと言うのよ!」

 彼女は治まらないいかりの捌け口をアッシズに向けていた。

「では確認を致しましょう。サロメ侍女長」

 ここでアッシズはサロメさんを呼んだ。

「はい」

 呼ばれたサロメさんは機敏な動きをして、チェルシー様の隣へ並ぶ。

「ドレスの管理をしていたそうだが、チェルシー様がお召しになる前にチェックはおこなったのか?」
「はい。怠る事なく確認を致しております。ドレスが届いてから一度、そしてチェルシー様がお召しになる前にもう一度チェックを行い、二度確認をした際、ドレスのほつれや綻びといったものは一切見受けられませんでした」
「なっ!」

 顔色一つ変えずに淡々と答えたサロメさんに、チェルシー様が声にならない声を上げた。

「という事はあの女中が届けた時に、なにか細工を仕掛けたという事実がなくなります。残るはドレスをお召しなったチェルシー様にしか細工する事が不可能であったという事ですね」

 アッシズの暴きにチェルシー様の顔色がみるみると青ざめていく。ここで今度はサロメさんに罪を被せるのではないかと懸念したが、さすがに完璧主義者の彼女を軽はずみに犯人には出来ないのだろう。

 行き場の無くしたチェルシー様は茫然となり、それから体勢を崩して項垂うなだれた。自分の負けを認めざるを得なかったのだろう。哀れな成れの果てだ。でも同情はしない。彼女が私にやってきた行為は許し難いものだから。

 騒然としていた大間ホールが静まり返る。誰もがチェルシー様に不信感の募った目線を送っていた。その一人が殿下だ。彼はチェルシー様にはなにも言わず、私を抱き上げたまま歩き出す。

「すぐに部屋の用意を、そして至急に湯浴みの準備をしてくれ」

 殿下は近くにいた使用人さんに命令を下すと、速歩で出入り口の扉へと向かい、大間ホールを後にした…。

❧    ❧    ❧

「異常はなかったようだな、本当に良かった」
「はい」

 殿下からポンッと頭の上に手を置かれ、心地好い感触に浸りつつも、私は恥ずかしさを隠す為、掛けシーツを目の下までスッポリと被った。今、私は寝台ベッドで休養をしている。

 殿下に抱き上げられたまま、用意された部屋ですぐにお風呂に入り、躯の汚れを拭った後、医師に異常がないか診断をしてもらい、応急処置までしてもらった。多少の痛みがあった目は洗浄され、今はなんともない。

 医師に診てもらった後は温かい食事をもらい、今に至る。頃合いを見て殿下が私の様子を見に来てくれたのだ。それが心から嬉しい。私を見下ろしているその優しい面持ちが私の胸に安心感を与える。

「殿下。あの、その後パーティはどうなったのでしょう?」

 訊いていいものか悩んだけど、チェルシー様がどうなったのか、いやジュエリアと言うべきか。

「残念ながら中止となった。仕方ない。一国の姫君が起こした騒動だ。あのままパーティを続けても、とても楽しめたものではなかっただろう」

 うれいや憤懣ふんまんといった感情の入り混じる殿下の表情は複雑で険しい。

「そうですね」

 本当に怒涛の出来事だった。今思い出しただけでも身震いが起きる。チェルシー様のあの気が狂った行動と発言に。

「あの、それでチェルシー様は?やはり彼女がジュエリアだったのでしょうか?」
「彼女の取り調べはこれからだ。現在、彼女はとても昂奮をしている。かと思えば気が落ち込んでいたり、深く情緒が乱れているようだ。魔術師と騎士の監視のもと、様子を窺いながら取り調べを始めるつもりだ」
「そうですか」

 私は浮かない顔をしている事だろう。出来れば彼女がジュエリアなのかどうか、すぐにでも白黒をハッキリとさせたいところだ。でも尋問にも段取りがあるだろうし、ましてや相手は一国の姫君だ。

 チェルシー様の国側がどう出るのかもあり、簡単に取り調べは出来ないのだろう。それでも私にはぐ気持ちは抑えられない。私とて早くジュエリアを捕まえて、処刑の呪縛から解放されたいのだ。

―――只もし彼女がジュエリアでなければ…。

 意識が遠のいていきそうになる。この先も今日起きたような出来事が待ち受けているかもしれないのだ。あんな出来事、金輪際こんりんざいごめんだ!

「ヒナ、心配する気持ちはよくわかる。だが、今は休め。こちらも万全の態勢でチェルシー姫を監視している。それと明日は仕事が休めるよう、侍女長に話をしておく」
「え?ですが、ジュエリア探しが?」
「それは姫を取り調べた後で構わない。明日中には白黒ハッキリとさせる。こちらも兄上の事があるからな。早急に結果を出すつもりだ」
「はい…」

―――明日になれば、すべてが明かされる…。





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