STEP29「もふもふとキッス」
「ふぅー」
お風呂から上がって脱衣所から出た私は深~い溜め息を吐いた。気が重いのなんのって。さっきから溜め息をついてばかりだ。あ~これじゃどんどん幸せが逃げて行くよ。私はトボトボとした足取りで寝室へと向かうと、
「あ!」
寝台の上にキラキラしたものを目にして、心に大輪の花が咲く。
「ルクソール!」
いつもながら彼の姿を目にすると、心が躍るように弾む。愛らしい姿に萌えキュンになるんだよ。私の声に反応したルクソールはむくっとその場から立ち上がって尻尾を振る。お出迎えってやつ?
――きゃわいぃ~♪
私はすぐに寝台に腰掛け、抱き上げたルクソールを膝の上に乗せる。
「昨日はだいぶ疲れていたみたいだけど、今日は元気になったの?」
声を掛けると、ルクソールはサッと尻尾を上げた。今日は元気みたいだね。
「良かった」
私はルクソールの背中を優しく撫でる。相変わらずフワフワの毛並みが触り心地好い。
――あれ?
撫でている手から僅かに零れている青い光に目が飛び出しそうになる。
――もしかして?
ルクソールから手を離して手の平を見つめると、案の定フワッと浮かび上がっているのは青い花の刻印。神秘的な色合いに目が奪われるけど、惚けている場合ではない。
「ル、ルクソール、あのね」
子犬相手に緊張するのもどうかと思うけど、訊く内容が内容だしね。変にどもってしまう。そんな上擦った私の声を聞いたルクソールは視線だけを上げる。
「アナタ魔法が使えるの? 魔力をもっているんだよね?」
思い切って内容をぶつけてみた。ルクソールは私を見上げたまま視線を外さない。心まで見透かされるような力強い瞳から気迫を感じる。眼力凄いな。
「ルクソール?」
もう一度、声をかけてみるけど、ルクソールはなにも反応を示さない。これはなにも触れるなという意味かもしれないな。まぁ、彼が魔力をもっていようがいまいが、私に害があるわけでもないし、特に気にする必要もないか。
「今の質問は興味本位で訊いただけだから気にしないで。それよりもジュエリアっていう令嬢を知らないわよね?」
以前に一度、ルクソールにはヤツの名を出した時、飛び出した事があったけど、ヤツを知っているわけじゃないよね?
…………………………。
無反応だ。知らないって事なのかな? ルクソールは私を見据えたままだった。
「今日ね、ジュエリアらしき人物に思い当たったんだけど、これがまたねー」
ボワッとまた頭の中に浮かんだチェルシー様の姿に気分が悪……いや重い。ん? 手の甲になにやらフサフサを感じる。それはルクソールが尻尾でポンポンとしていたのだ。
「どうしたの?」
彼がなにを言いたいのかわからない。ルクソールは尻尾を上げてフリフリしたり、また私の手の甲をポンポンと撫でたり、なにかを訴えている?
「もしかしてジュエリアが誰か言えって言いたいの?」
なにかに反応したんだとしたらヤツの事だよね。やっぱりルクソールはジュエリアとは無関係ではないのかな? 私の言葉にルクソールは尻尾を振る。やっぱそうなんだ。
「んー、まだ憶測の段階だから言いにくいんだけど、ジュエリアはルクソール殿下の婚約者チェルシー様かもしれないの」
うん、言ってしまったよ。相手が子犬だから大丈夫かなって思ってさ。決まりが悪そうな複雑な表情をしている私に対して、ルクソールはお目々をパチクリとさせている? 気のせいか。
「考えてみたらさ、チェルシー様のビッチさってジュエリアと酷似しているんだよね。中々あそこまでの性格の悪さを人前で出せる人はいないなって。あ~でもなぁ、それを明日の朝のミーティングで話をしたら、どう思われるか」
朝を迎えたくないわ。このままルクソールを抱いて心地好く微睡んでいたい。
「特にグリーシァンなんて、絶対に私が殿下の事を好んでいるから、チェルシー様に疑いをかけて、殿下から離してやろうっていう作戦でしょう? とかって言われそう」
私はルクソールの下肢をギュッと握る。
「それでもチェルシー様がジュエリアなら、放っておくわけにはいかないよ。ヤツの悪行は許せるものではないし、それに私はヤツを捕まえないと命が絶たれる。アイツなんかのせいで死にたくないもの」
真剣な顔つきをして決然と物を言う私に、ルクソールは感慨深そうにして見つめていた。私の真剣な思いが彼には伝わったのだろうか。彼はまた尻尾で私の手の甲を撫で、くぅんと鳴いた。頑張れよと言われているような気がしたよ。
――か、可愛い!
性格はクールなコなんだろうけど、外見は本当に可愛いよね( *´艸`)何度見ても母性本能がくすぐられるきゃわいさ❤ 鳴き声も甘えているみたいでキュンキュンする。何気にそっと手を差し出してみる。すると、ルクソールも応えるように私の手の平にポンと手を置いた!
――ヤ、ヤバイ、キュン死にさせられる!
念願のお手をしてもらえたよ! そしてちゃっかりと肉球にも触れてみると、めちゃプニプニしてて最高! 可愛い可愛い! と、ルクソールに対する愛情の深さが加速する。萌えまみれになった私は目をウルウと潤わせて、ルクソールを持ち上げた。
「ルクソール、超可愛い❤」
顔を合わせて萌えを零した私は思わずルクソールのお口にチュッとしてしまった♪ 唇を離してルクソールの様子を見ると、彼はキョトンと鳩のような顔つきになっていた。
「勝手にごめんね」
えへへとした私は少しはにかむ。
「初めてキスは好きな男性とって決めていたんだけど、ルクソールがあんまりにも可愛いから思わずしちゃった。アナタはワンちゃんだし、ノーカンになるよね!」
と、私は調子に乗ってまたルクソールにチュ、チュとした。
「アナタのご主人に怒られちゃうかな」
って、あれ? 気のせいかな。さっきからルクソールが瞬きも微動だに一つもしないで、無反応なんだけど?
「わっ、なになに!」
急にルクソールがピンと尻尾を立てて反応を見せたかと思いきや、飛び上がるようにビックリした様子を見せ、私の手から離れた。一瞬の出来事でこちらも仰天としたよ。そしてルクソールは寝台へと飛びついて、そのまま蹲ってしまった。
「ル、ルクソール?」
ど、どうしたんだろう? 私のチューに問題が? あちゃー、悪い事しちゃったな。
「ご、ごめんね。いきなりの事をしてビックリしちゃったよね?」
微妙にルクソールの躯が小刻みに震えているではないか! ヤバイ、相当嫌だったのかな? けっこうショックな反応だよ、それ。私はそうっと手を伸ばしてルクソールの背中を優しく撫でる。躯に触れた瞬間、ビクンと反応を見せたけど、私の手を振り払う様子はなかった。
「ご、ごめんね。そんなに嫌がるとは思わなくて。もう二度としないから許してくれるかな?」
恐々とした声音で、私はルクソールに許しを乞う。彼はチラッとこちらへと振り返った。
――あれ?
ルクソールの顔が赤い? ワンちゃんだからフサフサの毛でわかる筈がないのに、そう何故か私には見えたのだ。
「もしかして照れ隠しだったの?」
思わずルクソールに問うと、彼はプイッとそっぽを向いてしまった。ありゃりゃ、図星とみた!
――なーんだ!
嫌がられてたわけではなくて照れていて恥ずかったんだ! 良かった~。ルクソールってば普段クールなのに、こんなシャイな部分ももっていたんだ!
「やっぱルクソールは可愛い~❤」
私はまたもや調子をぶっこいて、ルクソールをもふもふしまくったのだった……。