STEP28「チェルシー様がまさかの?」




 自分の手の平に浮かび上がる赤い花へ視線が釘付けとなる。

―――チェルシー様に刻印が反応するなんて!

「何事ですか」

―――え?

 意識が現実へと引き戻される。この状況で妙に落ち着きを孕んだ威厳のある声が耳の奥へと響いた。

―――この声は…。

 嫌な予感と共に私は背後へと振り返る。そして「あぁ、やっぱり」と目にした人物を映して非常に決まりが悪かった。生気のない人形のような面持ちをしたサロメさんが私を見下ろしている。

 ボウッと亡霊のような彼女だが、瞬かず咎めるような厳しい視線は恐ろしい。そのサロメさんの殺気立っている様子に、チェルシー様を含め、貴婦人達の誰からも声が上がらない。それほどサロメさんの姿には威圧感が半端なかった。

 …………………………。

 鉛のような重い空気が流れている。サロメさんは口にこそ出さないが、射るような眼差しからは、

「何故、女中の貴女がここにいるのです?」

 そう冷静に問われているようでならなかった。口に出されたらひとたまりもない。返答に窮する。侍女さんならともかく、女中の私がこの茶会の場にいる言い訳がなにも浮かばないのだ。

 やってしまった。そう後悔の念に苛まれる。考えが至らぬあまり、この後、殿下に私の失態が報告されるのかと思えば、躯が震える。しかもよりによって殿下の婚約者チェルシー様への失態だ。さすがの殿下からも咎められるかもしれない。

「どうやらまたしても貴女はチェルシー様に粗相を犯したようですね」

 さらにサロメさんから重々しい口調の咎めに気持ちがしぼむ。

「申し訳ありません」

 返せる言葉はこれがやっとだった。出来れば私の濡れた顔についても触れて欲しいと思った。熱い紅茶を顔にぶっかけられたのだ。粗相を犯した自業自得だとは思われたくない。

「チェルシー様、大変申し訳ございませんでした」

 私には目もくれず、サロメさんはチェルシー様の前へと頭を垂れ下げた。彼女のその姿に私は心を痛める。今回は自分の行動で起きた謝辞に、さすがに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「侍女長、先日の件もあって日も浅い内に、また粗相を犯すとはどういうつもりなの!」

 頭を下げるサロメにチェルシー様は息巻く。

誠に申し訳ございません。新人の女中に茶会の様子を勉強させる為に呼び立てていたのですが、わたくしの指導の前に行動を起こしてしまったようで、大変申し訳ございませんでした」

―――サロメさん、もしかして私の庇う為に嘘を?

 私は瞠目する。サロメさんとお茶会の勉強をするだなんて、そんな予定はない。彼女なりに場を鎮めようとしているのだろう。何処までも申し訳ない。

「あら、先日の女中だったの。気が付かなかったわ。だってまさか新人の女中がこのお茶会に顔を出せるものだとは思わないものね」

―――憶えてないんかい。始めて会った日、あれだけ派手にぶつかっておいてさ。

 フンと明らかに蔑んだ表情で吐き捨てるチェルシー様が憎たらしく思える。まぁ、この姫様が女中の一人なんて記憶に留めておくわけがないか。

「ご最もでございます。本来こちらの茶会のサポートは侍女の役割でございますが、仕事の一環として指導を致す予定でした」
「そうなの?侍女かと思って紅茶出しをお願いしちゃったじゃない。紛らわしいわね!」

―――はい?

 なんか話がちぐはぐしていない?チェルシー様、私を呼んだ時、「女中」と言ってたじゃん?服装からして気付いていたかと思うんだけど、ガチ意味がわからない。

「度重なるご迷惑を申し訳ございません」

 何度も詫びを入れるサロメさん、こちらに落ち度があるから仕方ないけど、チェルシー様の行動にも問題があると思う。

「せっかくのお茶会が台無しだわ!どうしてくれるのよ!」
「すぐに新しい紅茶を用意致します。ちょうど採れたてのファーストフラッシュの葉を持って参りましたので、お気に召して頂けるかと」

 捲し立てるチェルシー様の呵責だが、サロメさんは柔軟に応対する。

「結構よ!」
「こちらの葉はルクソール殿下も大変お気に召している高級なものです。この季節にしかお飲み頂けない貴重な紅茶ですので是非」
「まぁ、ルクソール殿下が?」

 殿下の名を耳にしたチェルシー様はパッと顔に満開の花を咲かせ、表情を輝かせる。どんだけ殿下をお好きで?

「まぁ、チェルシー様、ファーストフラッシュの紅茶は本当に美味ですのよ。春の若々しい芽吹きを思わせるグリニッシュな香りがしますの」
「侍女長が申す通り、殿下も大変お気に召している紅茶ですので、お味をご存じの方が宜しいかと思いますわ」

 周りの貴婦人達もチェルシー様のご機嫌取りをしているのか、やたらに紅茶を勧めていた。ナイス!

「そうね。ふふふっ」

 すっかりと機嫌を良くしたチェルシー様は「紅茶を頂くわ」と、満面の笑顔でサロメさんへと伝えた。その様子に私はホッと胸を撫で下ろした…けど、この後、サロメさんからこぴっどく叱られたというのは言うまでもない…。

❧    ❧    ❧

―――今日も散々だったな。

 チェルシー様の一件は事なきを得られた。それはすべてサロメさんのおかげだ。私は深々と彼女に詫びを入れたが、当然、彼女から恐ろしい詰問と説教が繰り返された。

―――ちょっとした出来心で!

 なぁんていう言い訳が通用する筈もなく、かといってあやふやに答える事しか出来なかったしね。その不透明さがサロメさんの疑念を深めてしまったようで、今回の件は上へ報告がいき、さらにそこでも話し合いをさせられる羽目となった。オーマイガ!

 とはいっても、上というのはグリーシァンとアッシズの二人というから救いだ。彼等に報告がいっても、ジュエリア探しの一環だと言い訳が出来るけど、殿下にはチェルシー様の件もあるし、上手く言い訳は出来ないだろうな。ガチ撃沈だわ。

 そして思い出した事がある。チェルシー様の毎回おごり高ぶる態度に気を取られて、すっかり忘れていたけど、彼女と初めて会った時、確かに赤い花の刻印が浮かび上がっていたよね。

―――どうしてそんな大事な事を忘れていたんだろう!

 己の愚かさに呆れ果てる。命が懸っているんだから情報を逸しないと!そして明日の朝のミーティングでチェルシー様の刻印の事を報告しないとな。あ~、チェルシー様がジュエリアかもしれないと推したら、さぞグリーシァンもアッシズも私を非難してくるだろうなぁ。

 私が殿下に好意を寄せているから、チェルシー様をジュエリアに仕立て上げたいのかってさ。恐れ多くもチェルシー様が殿下の婚約者様だしね。殿下には失態の事といい、ジュエリア説の事といい、二重に具合の悪い話だわ。v
 私はヤケを起こしてバスタブのお湯をバシャバシャと顔にかける。もう頭の中がグチャグチャで嫌。せっかくの有意義なお風呂の時間も今日はチェルシー様の事で頭がいっぱいになるしさ。

―――改めてだけど…。

 チェルシー様がジュエリアの可能性があるだなんてね。王太子はジュエリアの詳細に口を割らないと聞いている。それは容易く言えない何か大きな理由があるからだと考えられていた。

 確かに相手がチェルシー様であれば、納得がいく。弟のルクソール殿下の婚約者とデキているだなんて口に出す事は出来ないもの。そういえば、王太子はジュエリアを初めて目にした時、美しい花の妖精ではないかと頭の可笑しい事を言っていたんだっけ?

 チェルシー様の性格はガチに悪いが、外見は美しい風貌をしている。まさに男性が好みそうな小悪魔的美女といったところか。仮にチェルシー様がジュエリアだとしよう。王太子に取り繕うのは王太子妃を狙っているからなのか。

 彼女は王太子を愛していないんだけどね。むしろルクソール殿下の方を慕っているようだし。表上はそういう風に見せているだけなのだろうか。ヤツ、私が牢獄に閉じ込められている時、殿下の事を恨んでいる様子も見せていたし。

 いや、そっちの方が演技の可能性もあるな。チェルシー様だと悟られないようにね。それに王太子と殿下との兄弟の仲もあるし、簡単に乗り換えるなんて事、出来るわけが…いや、ビッチなら出来るのか。

 ん~でもなー、なんか違和感があるんだよな。結局、今は王太子は腑抜けになってしまっているし、ヤツの王太子妃目当ては達成する事が出来ない。…あれ?もしこのまま王太子が次期王にならなかった場合ってどうなる?

―――次の王となるのは…第二王子のルクソール殿下?

 ん?瞬間、私の頭の中にピカッと閃光が迸る!時期王がルクソール殿下…?

―――もしや!チェルシー様の狙いってルクソール殿下の王位!?





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