STEP25「もふもふに秘密?」




 ――ガチヤバイ。このままでは処刑が決まってしまう!

 今日の仕事を終えた後、疲れよりなによりも私は焦燥感に駆られていた。昨日も同じ事を思ったけど、仕事に追われていて、とてもジュエリア探しなんて出来やしない! 一先ず、ぶち当たる人すべてに手の平の刻印を確認してみたんだけど……。

 殆どの人に反応を示さないか、またはあっても一番下位の黄色だった。黄色は魔力に無自覚な人が多く、有力な人物だとは言い難い。あのジュエリアだ。魔力を抑えていたとしても、赤以上の色ではないかと推測されている。

 今日見た人と言えば、使用人か侍女さん達が殆どだし、ドレスアップをした貴婦人の姿なんて見たっけな? のレベル。新人の女中に当てられる仕事場なんて、たかが知れているんだろうな。もう少し仕事に余裕があれば、こっそりと貴婦人達の集まる場所へ足を運べるのに。

 ――本当に困った……。

 まだ初日だからと前向きに考えたいところなんだけど、どうも今の仕事の状態じゃね。とっとと目ぼしい人物をピックさせて、安心したいのにぃ~。

「はぁ~」

 トボトボとした足取りで自室へと戻る途中、ふっか~い溜め息を吐き出した。その時……。

「ヒナ?」

 背後から声を掛けられ、それもヒナという名前で、ドキリと心臓が音を立てた。バッと反射的に振り返ると……。

「アッシズさん」

 ――なーんだ!

 彼には悪いが、期待していた人と違ってテンションが下がる。殿下なら一瞬でエベレスト並みの高さのテンションになるんだけどなー。

「お疲れ様です」
「随分と疲れているようだな」
「え?」
「背後からでもハッキリとわかる深い溜め息だったぞ」
「そ、そうでした?」

 疲れを悟られた私はすっ呆けた。そんな後ろ姿からでもわかる溜め息だなんて格好悪いわ。下手にジュエリア探しが上手くいってないのを知られるのも具合が悪いし。

「なにかあったのか?」
「いいえ。あ、でも……」

 問われて否定しようとしたら、ふと思い浮かんだ人物がいたから(出来れば思い出したくはなかったけど)、一応伝えておこうかな。例のあの人だ。

「そういえば、お会いしましたよ」
「誰にだ?」
「例のルクソール殿下の婚約者です」
「は?」
「はい?」

 え? なに今のアッシズの反応? ちょっと意外過ぎじゃない? 普段、硬派な様子の彼が突拍子もない声を洩らしたよ? 私はマジマジとアッシズを見返していた。

「誰に会ったと言った?」
「ですから殿下の婚約者チェルシー様ですってば」
「忘れろ」
「はい?」

 今度は私が変な声を出したじゃん! なにいきなり? 確か前にも似たような事を言われなかったっけ?

「あの忘れろというのは?」
「何故、オマエがチェルシー様を見かけたのか知らんが忘れろ」
「チェルシー様にお会いしたのは偶然ですよ。突然ヒョッコリと現れたんです。それにそう言われましても、実際に目にしてしまったのに、忘れろは難しいですってば」
「殿下の婚約者という話から記憶を抹消すればいい」

 前回に続いて今日も超無理な事を言うな! あんな強烈な姫君は嫌でも瞼に焼き付いてしまっているっての! って言いたいけど、殿下の婚約者の悪口になるだろうから、心の中へと押し込むけどさ。

「そんな無茶苦茶な。初めから無かったような言い方に聞こえますよ、それ」
「そう思って構わん」
「意味がわかりません」

 ――なんだ、本当に。ていうかめちゃ怪しいな!

 なんでアッシズはこう頑なにチェルシー様の存在を隠そうとするんだろう? 彼女の話題になると、妙に眉間に皺を寄せているし。まるで嫌悪感を抱いているような(まぁそう思っても仕方ない相手ではあるけど)。

 やっぱり私が殿下の事を慕っているから、気を遣っているのか……にしてもオカシな言い方をするもんだから、こちらも変に勘ぐりたくなるよ。なにか特別な事でもあるのか?

 私は不満げな視線をアッシズに送るけど、彼はなにも言わない。ん~、今後はチェルシー様とは関わる事もないだろうから、忘れてしまっても良いんだろうけど、このわだかまりは拭えそうもなかった……。

❧    ❧    ❧

「はぁ~」

 自室へと入った私は自然と溜め息が零れた。仕事といい、ジュエリア探しといい、そんでもって人の不可解な言動といいね。アッシズや自称占い師のは忠告なんだろうけど、意味がわからん!

 ――もっとシンプルに進められないのか、この世界は。……ハッ!

 真っ先に私は寝台ベッドt>へと目を向けた。すると……?

 ――い、居る!

 まさに金色のもふもふといえばだ!

「ルクソール!」

 感激した私は子犬のルクソールの名を呼んで急いで寝台へと駆け寄る。

 ――あれ?

 走る物音や私の声に反応がないから、ちょっと不思議に思っていたけど、ルクソールは無垢な姿でピタリと動かず、目を閉じていた。

「ルクソール?」

 岩のように動かないから息をしていないのかと、慌てて触れてみると、ドクドクと力強く鳴る心臓の音がしっかりと聞こえて安心する。体温も感じるし、本当に良かった。私は寝台へと腰を落として、ルクソールの寝顔を見つめる。

 ――よっぽど疲れているのかな?

 そんなにこのコと過ごしている訳ではないけれど、隙がないというか、あんまり無垢な姿を見せるコではないから、珍しいよね。私としては心を開き始めてくれているのかと嬉しく思うけど。

 この部屋をもらってから、ルクソールとは夜一緒に寝ている。彼は私の精神安定剤となってくれていて、おかげでグッスリと眠れているんだよね。こんな非現実的なゲームの世界に入って、しかも一ヵ月後には処刑されるかもしれなという状況にも関わらずね。

 なんて言うんだろう? ルクソールは心地好い空間を作ってくれてるんだよね。メチャクチャ可愛いというのもあるんだけど、とりわけ愛嬌があるわけでもなく、だけど、一緒にいてくれるだけで、「しっくり」くるというか。

 彼の本当のご主人さんには申し訳ないんだけど、せめてジュエリアを捕まえらえれるまでは、こうやってルクソールには一緒に寝てもらえると有り難いんだけどな。一人で寝ると、不安に襲われそうだし。私はそっとルクソールの背中に手を当てる。

 ――子犬だけど、人のような温もりに感じる。

 このままルクソールを眺めていたら、そのまま寝落ちてしまいそうだ。その前にお風呂と御飯を済ませないと。

 ――今日の御飯はなんだろう♪

 そう思って立ち上がろうとした時だ。

 ――え?

 ふと、本当に何気なく手の平へと目がいって、思いがけないものを映す。

「青い光?」

 例の刻印が青く浮かび上がっているのだ。花開く睡蓮のようなの形が目に焼きつく。あまりの驚きに口をポカンとして刻印を見つめていたけど、そうじゃない!

「誰かいるの!?」

 ――まさかジュエリア!?

 私はキッと神経を尖らせて部屋中を見渡す。

 ――シ―――ン。

 私の懸念とは打って変わって部屋は清閑としていた。この様子はどう見ても人気ひとけを感じない。でも相変わらず刻印は浮かび上がっているままなのだ。

 ――ん?

 フッと目に映るルクソールの寝顔。

「ま、まさかね?」

 そんな事は有り得ないよね! って否定的に考えていたけど、この後、部屋に食事を持って来てくれた侍女さんにはなにも反応を示さなかった刻印。まさかと気になって再び寝ているルクソールの前へと手をかざて見ると……。

「うっそーん!」

 やっぱり青い花の刻印が浮かび上がった! まさかまさかルクソールが魔力をもったもふもふだったとは! このコが賢いのは魔法が使えるからなの……?





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