STEP22「公開のプロポーズ!?」




「ルクソール?」

 私は寝台ベッドで蹲って考え事をしているだろうルクソールに声をかけたのだが……。

 …………………………。

 どうやら耳には届いていないようだ。シカトをしているようにも見えない。子犬といえど、ひどく神妙な顔つきがリアルだった。動物でもこんな思案顔が出来るのだと感心してしまう。

 ――それにしても……。このコはなにをそんなに考えているのだろう。まさかジュエリアの事じゃないよね?

 しどけない姿でルクソールと会い、ジュエリアの名を出した途端に、彼は鋭い表情に変わって、ジュエリアが去って行った方向へと走って行った。その行動に茫然として立ち尽くしていたら、ルクソールはすぐに戻って来た。

 その時の表情はとても険しかった。その姿が気掛かりではあったけれど、一先ず彼を連れて部屋へ向かった。格好が格好だったしね。そして私は脱衣所で夜着を身に纏って寝室へと戻ると、真剣な表情をしたルクソールが居たというわけだ。

 ――ジュエリアを知っているのかな。ハッ! ま、まさかとは思うけど!

「ルクソール! アナタの飼い主ってまさかジュエリアじゃないわよね!?」

 思わず叫んで訊いてしまったよ。だってまさかじゃない!? あんな極悪非道な女がこの愛らしいコの主人だなんて! 必死になって主人ジュエリアを追いかけるルクソールだなんていーやーだぁー! ショックで倒れるわ!

 突然の私の叫声に、ルクソールもさすがに反応を示した。キョトンとして私を不思議そうに見上げている。その反応はどう捉えれば良いのだろうか。「違うよ」でいいのだろうか。是非そう思いたい!

 その願いが通じたのか、ルクソールは顔と尻尾を同時に横に振った。それを目にした私はホッと胸を撫で下ろす。緊張の糸がプッツリと切れたような感覚だ。まさかさっきの話がガチなら逆毛を立てたように、猛威を振るっていたかもしれない。(私は獣か!)

「本当に良かったよ~、ルクソールがあんな悪女のコじゃなくって!」

 考えてみれば、ルクソールには品格があるもんね。あんな毒々しい女の傍にいて、こんな上品なコが育つわけがない。私はルクソールの躯を持ち上げ、膝の上に乗せる。そして優しく彼の背中を撫でながら伝える。

「あの女はガチヤバイ。王太子を誘惑した挙句、その罪を私に押し付けてきた正真正銘の性悪女。ヤツを捕まえないと、私は一ヵ月後には処刑されてしまうの。そうなったら無念なのは勿論、後で冤罪だと発覚した場合、ルクソール殿下の面子めんつも丸潰れになって、ざまぁないと、あの女は高笑いをしていた」

 とんでもないビッチな女だ。かつて見た事のない極悪人。あんな女の思惑通りになってたまるか。ルクソールはさっきまで見せていた鋭い眼差しとはまた異なった真剣な表情をして、私の話を聞いていた。

「殿下に対してざまぁなんかさせない。アナタに会えなくなるのも淋しいし、私は絶対にあの女をとっ捕まえてやるから」

 そう改めて私は決意を表したのだった……。

❧    ❧    ❧

 前日におこなった仕事の内容を報告する朝の時間。テーブルを挟んで、私の隣りにはルクソール殿下、真向いにはグリーシァン、その隣にアッシズが座っていた。

 今日から本格的にジュエリアを見つけ出す為の打ち合わせを行う予定だったのだが、昨夜ジュエリアが現れたという思わぬ出来事によって、緊急のミーティングに変更となった。

「ジュエリアが現れたんだ」

 グリーシァンから向けられる眼差しに懐疑が含まれている事に気付く。まだ私がジュエリアである考えが拭えていないせいか、おのずとそんな表情となるのだろう。面倒なやっちゃ。

「随分と大胆不敵な女だ。自分を捕まえようとしている者の部屋へ侵入する、その度胸がな。怖い物知らずなのか、単純に愚かなのか」
「その通りですね」

 意外にもアッシズの方はきちんと私の言葉を信じてくれたようだ。腕を組み、考え深い彼の表情に偽りはないだろう。

「彼女は言っていました。私には自分は絶対に捕まえられないと。あの自信たっぷりの様子からして、怖い物知らずなのでしょうね」
「その自信は何処から来るものなのか」

 ルクソール殿下の切るような鋭い表情に緊張が走る。自ら敵地に足を踏み入れる愚か者のジュエリア。無駄に持っている自信は美しさやら知恵やら、そして魔力からなのか。いずれにしても自分は捕まらないなにかの確証をもっているのだろう。

「ジュエリアはなにをしにヒナの前に現れた?」

 殿下に問われ、私はコクンと頷き、昨日の出来事を言葉にする。

「えっと、最初に蔑むように私を“ジュエリアちゃん”と呼びました。一ヵ月後に私がジュエリアとして処刑をさ……れ……る……」

 ――あれ? どうしてジュエリアは私が一ヵ月後に処刑される事を知っていたの?

 あの時は頭にきていて、そんな疑問が浮かばなかったけど、明らかにオカシイよね? ヤツを探し出す事も、処刑の事も、どうして私達しか知らない事をヤツが知っていたのだろうか……。

 まさかとは思うけど、本当にこの三人の誰かがジュエリアと繋がっている? そんな馬鹿な。あんなウッカリと言葉を洩らすようなヤツと繋がっていたら、自身への危険に繋がるよね。さすがに今の考えは無いか。それに殿下だけは疑いをかけたくない。

「ヒナ?」

 急に語気を弱め黙り込んだ私の様子を殿下が心配そうに窺っていた。それに気付いた私は我に返る。

「どうした?」
「あ、いえ。失礼しました。確か彼女は無駄な骨折りをするなと忠告しに来たそうです。全く意味のない内容でしたが」

 私はすぐに内容を変えて答えた。一番重要な部分はここだしね。

「遠回しに自分を探すなという意味か」
「そうだと思います」
「厄介だな。これからも易々と部屋に入られてはヒナも不安で仕方ないだろう。今日から部屋には結界を張り、魔力を持つ者が容易に中へ入れぬようにしよう。グリーシァン、結界魔法を任せたぞ」
「承知いたしました。この後、すぐに取り掛かります」

 良かった。さすが殿下、早速の気遣いが私の不安を和らげる。正直、かなり怖いと思っていたんだ。あんな風にズカズカと部屋に入られたものなら、いつでも何処でも監視されているのではないかと落ち落ちと眠れもしないもの。

「殿下、お気遣いを有難うございます。それとですが、目の前まで来ていたジュエリアを捕まえられずにスミマセンでした」
「何故謝る? ヒナ、確かにジュエリアを見つけ出せとは言っているが、無茶だけはしないでくれ。相手は魔女かもしれないのだから」
「はい」

 切なげに顔を翳らし心配をしてくれる殿下に胸がドキュンと打たれた。ここでニンマリとすれば、チラッ、またグリーシァンから無言の圧力がかかりそうだよね。

「殿下、一先ずジュエリアの件はここまでにされて、本日の内容を進めましょう」
「そうだな」

 おっと、私のときめきタイムをガラリと替えたのはアッシズだった。殿下に対するときめきオーラを察して、話題を替えてきたのか。と、そんな話ではなく。

「事前に話をしていたが、今日からジュエリアを見つけ出してもらう」
「はい」

 そうなんだよ、これなんだよ。アッシズから改めて言われ、さっきとは打って変わって心が重くなる。

「それで私はどのようにして彼女を探せば良いのでしょうか。アッシズさん達はおおよそ誰かと検討をつかれているのかもしれませんが、私に疑いがかかっている以上、その人物達を教えてもらえないようですし、そもそも私はこの宮殿の人物関係がさっぱりわかりませんよ?」

 ド素人の私に探させるなりに、なにか案があるのだと信じたいわ。宮殿の誰かという絞りは出来ても、何千という人が住んでいるのだ。おまけに私は女中の仕事をしながら探さなければならない為、時間も限られている。

「ヒナ、右手を出してくれ」
「え?」

 私の隣りに腰掛ける殿下から、場の空気には似つかわしくない言葉をかけられ、私は目をパチクリとさせる。

「で、殿下?」

 私は意味がわからずではあったが、言われた通りにサッと右手を差し出すと、殿下からそっと手を握られて、きゃっ❤ と悲鳴を上げそうになった……ところをグッと抑え込む。そして手の平を向けられると、

「で、殿下!?」

 なんと殿下は美顔を近づけ、私の手の平へと口づけを落としたのだ!

 ――ま、まさか、これって公開プロポーズ!?





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