STEP21「ジュエリア再び」




 ヤツは扉に背中をつけて腕を組み、顔だけをこちらに振り向かせているようだった。フードで顔は隠れていないみたい。扉を開けられれば、ヤツの素顔が見られそうだ。

「ちょ、ちょっと、なんでアンタがここに現れているのよ!」

 しかも入浴中に! 何処までも無遠慮で非常識なのさ! うー、バスタオルもフェイスタオルも脱衣所にあるから、躯を隠せるものがなにもない。扉はガラス越しでハッキリと姿形はわからないとはいえ、素っ裸を見られているかと思うと、腹立たしいのなんのって!

「しかもなにジュエリアちゃんって! ジュエリアはアンタだっての!」
「だって、どうせ一ヵ月後には貴女がジュエリアとして処刑されるのだから、今の内に慣らしておいてあげた方がいいかなと思ってね」
「超意味不明! 誰がアンタなんかになるかっての!」

 悍ましいのなにものでもないわ! 本当にコイツの頭の中はイカレポンチだ。予測不可能なオカシイ発言に、こっちまで脳に毒牙がかかりそうで怖いわ!

「それに人の入浴中に入ってくるだなんて甚だしいにもほどがあるっての! こんの破廉恥、痴女、変態!」

 ヤツが口を開けば、私まで憤りの言葉しか出てこない。下手な事を言って魔女かもしれないヤツに魔法で懲らしめられるのはゴメンだ! という恐怖心はあるものの、噛み付く言葉は止められない。

「だってまともに部屋にいる時に会えば、貴女は私を捕まえようとするでしょ?」
「当たり前だ!」

 なにシレッと訊いてきてんだが。アンタを捕まえなきゃ、こっちは処刑なんだから。

「だから私は敢えて貴女が入浴中を狙って来たんじゃない? 今の姿なら羞恥心があって、早々に私の前に出て来られないでしょ?」

 こんの確信犯が! 確かに今が真っ裸でなきゃ 今すぐにでも扉を開けてとっ捕まえてやるのに! 私はヤツを鋭く睨み上げる。

「まぁ、貴女はもっと別の事に羞恥心を感じるようになってもらいたいんだけどね~」
「なんじゃそら!」

 また人を見下した言い方をしよって! 私が常識的な部分で恥じらいを感じない人みたいな言い方だよね。って、さっきからヤツの口車に乗って腹を立てているばっかりだけど、こんなやりとりをしに奴が現れたわけではないだろう。

「ねえ? 貴女、上手く牢獄から出られたようね? 頭は弱いくせに運だけは強いのね~」

 歪んだ感心の言葉だ。全く褒められているとは思わないけどね。

「アンタ、私になんの用で現れたのよ!」
「なにって私、親切に忠告しに来てあげたのよ?」
「はぁ?」

 私は眉根を寄せ、訝し気な眼差しを向ける。

「なによ忠告って!」
「どうやら貴女、私を捕まえようとしているようね?」
「…………………………」

 私は言葉を返さず、口を閉ざす。なんでコイツがそれを知っているのか、不思議だったからだ。この話を私以外に知っているのはルクソール殿下、グリーシァン、アッシズのみの筈だ。あの三人の誰かがジュエリアに情報を流すとは思えない。

 本当は他にも知っている人がいるのか、いや、魔女のコイツなら何処かで監視をしているのかもしれない。監視出来るぐらい間近にいる人物、やっぱり宮殿に住む誰かという確率が高い。しかも容易に監視が出来る身分の人間だ。

 王族の女性というのは日中、社交界という名の習い事やお茶会をし、それでほぼ一日が終わっている。いいご身分でと皮肉が出てしまうほど、時間に余裕がある人達だ。そんな中でも私をマーク出来るぐらいの暇人……いや、時間にゆとりがある人物って言ったら誰なんだ……。

「無駄だから」
「は?」

 沈黙が重苦しく、私とジュエリアの周りを淀ませていたが、唐突なヤツの発言に空気が変わる。

「絶対に私を捕まえられないわよ。貴女には私を見つけられないわ」
「どうしてそんな事がわかるのよ!」
「わかるわよ」

 ジュエリアは妙に断定的に言い切った。なにその胸クソに腹立つ自信は!

「とにかく無駄な骨折りをするなと忠告しに来てやったの。感謝しなさいよ」
「勝手に忠告しに来て感謝しろと言われて、素直にそう出来るか! 私は必ずアンタをとっ捕まえてやるわよ!」
「はいはい、一ヵ月後には貴女はこの世からいなくなっているけどね」
「勝手に死んだ事にするなっての!」

 あーもう、本当にこっちの気がオカしくなりそう。イライラが治まらない。一層、裸体なんて気にしないで、コイツをとっ捕まえてやろうという気持ちが湧いてきていた。

 ――えーい、もう捕まえてやろう!

 命が懸ってんのに裸体なんて気にしている場合じゃない、私は死に物狂いの勢いで扉へと走り、即座に扉を開けようとノブを引いた。ハッとした様子でジュエリアが気付く。

 ヤツもまさか素っ裸の私が腹をくくって扉を開けてくるなんて思いもよらなかったのだろう。その油断を私はついたのだ。扉が開くと同時に、ヤツは私へと背中を向けて走り出す。

「待ちなさいよ、ジュエリア!」

 ありったけの声を張り上げ、私はヤツの名を叫ぶ。当然ヤツは振り向きもせず、寝室へと繋がる扉を開け、そのまま逃げようとしていた。私は脱衣所に置いてあったバスタオルをもってヤツの後を追う。

 寝室へと入ると、フワリと舞うヤツのローブの丈が妙に目に焼き付く。軽やかな足取りで走るヤツは逃げ足が速い。私も走るのは速い方だけど、ヤツの機敏な動きは私以上に感じる。すばしっこいヤツめ!

 ――バァアンッ!

 そしてヤツは乱暴に回廊へと繋がる扉を開けて姿を消す。部屋から出てしまえば、人に裸を見られてしまうのかと思うと躊躇いが生じた。それはほんの一瞬の躊躇いであり、持っていたバスタオルで前だけを隠して回廊へと出た。

 急いでジュエリアを追いかける。ちょうどヤツが曲がり角へと姿を消すところだった。逃してたまるか! 絶対に捕まえてやる! 血が滲む気持ちをもち、その数秒後に私も角を曲がった。ところが……。

「え?」

 私は加速した足に急ブレーキをかけた。何故なら……。

 ――いない、そんな馬鹿な!

 長い回廊にも関わらず、ジュエリアの姿が忽然と消えていたのだ。この数秒の間で次の曲がり角まで行ける筈がない距離だ。それに、この回廊には部屋の扉はない。完全にヤツは消えたという事になる。

 …………………………。

 唖然だった。暫く私はその場で呆けていた。ただ思い出してみれば、ルクソール殿下達が一度ジュエリアを追い詰めようと入った小屋に、ヤツの姿が何処にもなかったという話はある。ヤツは瞬間移動テレポートまで出来る魔女なのか。

 思っていた以上に手強い相手だ。確かにあんな自由に魔法が使えるのであれば、魔術師達が監視しているこの宮殿でもウロウロ出来るわけだ。気が重い。本当に捕まえられるのか不安に煽られてくる。

「くぅん……」

 ――え?

 背後から抑揚のない動物の鳴き声が耳に入り、私は反射的に振り返る。

「あ、ルクソール!」

 ポツンと子犬のルクソールが私を見上げて立っていたのだ。フワフワの毛並みとクリクリのお目々が相変わらず可愛くて、顔が綻びそうになったけど、それよりも私は大きく驚いた。

「ど、どうしたの? こんな所にいて?」

 ルクソールを抱っこしようと手を伸ばすけど、彼は微妙に怯えて後ずさりをしている。あれ? どうしたんだろう?

 ――ハッ忘れてた!私、今裸体で前しか隠してなかった!

 さっきまでルクソールにはお尻が丸見えだった筈だ。それに他の人にも、こんな姿を見られたら、完全に私は痴女扱いをされてしまう!ジュエリアの事、破廉恥だの変態だの言っておいて自分がそうならざるを得ないなんて、とんでもない話だ。私はバスタオルをサッと躯全体に覆った。

「ルクソール、驚かせてごめんね」

 と、改めて手を伸ばすけど、ルクソールはまだ震えている様子を見せた。裸体の私に完全にドン引いたな、これは。

「ごめんごめん、こんな格好なのも訳ありなんだって。あ、アナタ、ジュエリアを見なかったわよね?」

 私が来た方向からルクソールも現れたから、ヤツと鉢合わせはしていないとは思ったけど、念の為、訊いてみた。一応、人の話を理解出来る賢いコだからね。

 ――え?

 ふんわりとした雰囲気のルクソールが突然、光を宿したキリッとした鋭利な眼差しを見せたものだから、私は目を丸くした。思わず伸ばしていた手まで引っ込めてしまうと……。

「あっ、ルクソール!」

 突如、ルクソールが走り出した。それもジュエリアが去って行った方角へ後を追うように、駆けて行ったのだ……。





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