STEP20「自称占い師の正体は」




 課金なんて言葉、ゲームユーザーが使う言葉だもん。てか、ひょんな所からちょいちょいゲーム要素が出てくるよね! そして真剣な物言いをした私に胸元を掴まれた占い師は首を傾げてキョトンとした。

 …………………………。

 沈黙が風のように流れ込んでくる。

 ――なにこのは?

 なにか自分がとてつもない間違いを犯したような気になるじゃない。居た堪れなくなった私は自ら口を割る。

「な、なにか言いなさいよね!」
「服が伸びるの嫌だから放して~」
「は?」

 なんじゃ今の返しは。私はポカンとなって思わず手元が緩んだ。その隙を突いた占い師は飄々ひょうひょうとして、乱れた自分の胸元を直したのだ。ごく自然な仕草で直したものだから、余計呆気に捉われた。この人は本当に掴みどころがない!

 ――さっきのなにか言いなさいの意味が全く伝わってないじゃない!

 取り敢えず、なんでもいいから話せという意味で言ったのでない。外の世界から来たのか答えなさいという意味だったのだ。それがまるでわかっていない占い師は無邪気な笑顔を覗かせていた。

「私の質問の答えになってないっての!」

 何処か半ば呆れた私は乗り出していた躯を元の椅子に腰かけ、文句をぶつける。すると……。

「え? 質問ってなに?」

 きたよきたよきたよー、そう来ると思ったさ! この占い師、特有のすっとぼけってやつがさ。それともガチアルツハイマー病をもっている気の毒な若人なのか。私は完全に冷めた視線を送りつけていた。

「回りくどい言い方はしません。単刀直入に言わせてもらいますが、アナタは別の世界から、このゲームBURN UP NIGHTに入って来たんじゃないんですか?」
「…………………………」

 またもや黙秘かい。ただ占い師から笑みが消え、真顔で私を見つめているのが気になる。触れてはならない話題に触れてしまったのだろうか。この躯を重く圧している空気がそう物語っているように思えた……のはとんだ思い違いだった。

「君が占って欲しいものってボクの事?」
「ぜんっぜん違います!」

 またとんでもない事を吐き出した占い師に、鋭く突っ込みを入れる。ボクの事って物凄くポジティブなお考えで? 別に占い師の事なんてどうでもいいですけど。私やジュエリアみたいに外の世界から来た人なら、気になって当然だよね。

 そして私はジーッと占い師を見つめる。彼はまた平然とした様子で笑みを浮かべていた。本当になにを考えているのやら。敢えてわかる事といえば、あくまでも私の質問には答える気がないという事だ。これ以上の答えは望めないだろう。

「あの話を元に戻しますが、無償の範囲内でいいので、もう少し具体的に内容を教えて欲しいんです。私はどうしてもジュエリアという女性を見つけないとならないんです。どんな小さな情報でもいいです、手掛かりとなる事を教えてくれませんか?」

 私はひたむきな表情を見せ、同じ質問を繰り返した。

 …………………………。

 占い師からおどけた表情が消え、神妙な顔つきに変わる。私はゴクリと喉を鳴らした。今度こそ、私の真剣さが伝わったのだと、占い師からの返答を待った。そして彼の口元がおもむろに開く。

「言動に惑わされるな」
「…………………………」

 ――まともに聞いた私がバカだった。

 駄目だと思っていた人になんで望みをかけてしまったのだろう。そもそも彼が本当に占い師かもわからないし、もしかしたら、ただ単にからかわれただけなのかもしれない。

 ――まともに相手にしたのが間違いだった。

 再び私は後悔の念に苛まれる。私はこれ以上はなにも言わず、その場から立ち上がった。

「あれ~? もう行っちゃうの~?」

 占い師は心なしか残念そうな口調で問う。

「私、一銭も持ち合わせていないので」

 こっちの世界のお金すら目にした事がないのだ。私はろくに占い師を見る事もなく、吸引機を持ち、背を向けて歩き出そうとした……その時だ。

「今の考えのままじゃ、言動に惑わされて辿り着く事は出来ないよ」

 ――え? 今の声って?

「命のタイムリミットがあるなら尚更慎重に行動しないとね」
「なっ」

 背後にはあの占い師しかいない。私は急いで振り返った。

「ぎゃっ!」

 蛙がひっくり返ったような品のない声を上げた。だって数秒前まで姿があった占い師がいなくなっていたんだもん! 目に映っている回廊は人気ひとけがなく、静謐せいひつとしていた。

 ――突然に消えたよね?

 なんなの、あの占い師。リアル幽霊?

 ――ブルッ。

 そう思ったら、急に背筋に悪寒が走ってしまった……。

❧    ❧    ❧

 ――あ~もう、サロメさんも仕事の内容も鬼々!

 女中の仕事二日目で早速独り立ちをさせられた挙句、与えられた仕事が終わるまで、終了にしてはならないというシビアな世界。吸引機を使う掃除だけでも、数時間は要するのに、洗濯と料理まで熟さないとならないんだから、残業が必然と訪れる。

 うー、アルバイトなら残業代が出るのに、ここはただ働きだからね。やる気が出ないのは当たり前だわ。んでもって明日からプラスでジュエリア探し! わかってはいたけど、やっぱりムリムリ (ヾノ・∀・`)

 ――今、何時なんだろう?

 日本で言うなら、夜の九時は過ぎている時間だ。お腹空いたよ~。私はキュルルルゥ~とお腹の虫を好き放題に鳴らして、部屋の扉を開けた。

 ――ハッ! そうだ、ルクソール!

 バッと寝台ベッドの方へと目を向ける。

 ――いない。

 寝台へと向かって辺りを見渡すけれど、やっぱりいる様子はなかった。さすがにこの時間だもんね。昨日と同じ時間に戻って来ていたら、会えたかもしれないのに。今日待っていてくれていたのかな。もしそうなら悪い事したよね。私はシュンと気を落とした。

 心身共に疲れている時はルクソールが傍にいてくれるだけで癒されるんだけどな。今度会った時は毎日来てもいいからと伝えておこう。仕事で遅くなるけど、伝えておけば待っていてもらえるかもしれないしね。
 ――取り敢えず、お風呂に入ろう。

 入浴中に晩御飯を部屋に運んで来てもらえるだろうし……。

 ――数十分後。

 仕事でかなり疲れてはいたものの、大浴場的な湯に浸かれるのは至福だと改めて思った。香りの高いシャンプーや石鹸もアロマ効果があっていいよね。これでルクソールがいてくれたら、本当に最高だったんだけどなぁ。一通り、躯を綺麗にした私は脱衣所に入ろうとした。

 ――ガタッ!

 ガラス越しの出入り口の扉の先から物音がした。

 ――あれ?

 誰か来た? 考えられるのは食事を届けに来てくれた使用人さんかな? でもさすがに脱衣所にまでは入って来ないよね? 食事は脱衣所からさらに奥の部屋に用意される。オカシイな。ガラス越しから脱衣所を覗いてみる。ハッキリと見える訳ではないけどさ。

 ――!?

 私は目を大きく見張った。だ、誰かがガラス越しの扉の前で立っていない!? こっちは入浴中ですけど!? なに勝手に入って来ているのさ!? その人物は全体的に紫色の服に覆われているように見える。これってローブ……?

 ――え? え? だ、誰!?

 声を出して訊きたいけど、こっちはすっぽんぽんだし、知らない誰かだと思うと怖くて声が出ない。ど、どうしよう、段々と焦燥感にも駆られ、余計恐怖に煽られる。心臓が切迫し過ぎて息苦しさを覚えてきた時……。

「元気にしているようね、ジュ・エ・リ・ア・ちゃ・ん?」

 ――!? ……い、今の声!

 声色が高く鼻にかかったこの甘ったるい声といえば!

 ――ジュエリア!?





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