STEP18「意味不明な事ばかり」




 ――ヒナ……。

 あれ? 何処からか私の名を呼ぶ声が聞こえる。夢から呼び覚まされるような、遠くの方からだ。今の私は夢の中にいるような浮遊感に見舞われていた。

 ――オマエなら出来る、頑張れ……。

 また声がかかる。穏やかで安心感のある男性の声だ。今の応援の言葉? 私になら出来るってなんの事だろう?

 ――それと気にしていた事だが…………。

 あれれ? 途中で急に声が小さくなって、聞き取れなくなってしまった。

 ――頼んだぞ、ヒナ。

 なにかを任され、そして、もう一度名前が呼ばれた。私をヒナと呼ぶのは……? ルクソール殿下? ……殿下だ! バッと一気に目が醒めた……のは間違いなかった。私は上体を起こして茫然となる。

 まだ夢見から抜け切れていない、その夢に殿下が出てきていたような気がしたのに、なんで目を醒ましてしまったんだろうという、残念な気持ちが大きかった。もう少し、あの声で話かけていてもらいたかったんだけどなぁ。

 ――あ、そうだ、ルクソールは!

 昨日の朝はルクソールを枕にして寝てしまっていたんだけど、今日は大丈夫みたい。でも私の隣でぐっすり寝ていた筈なのに、姿が何処にも見当たらない。まさか蹴落としてしまったのかと、私は青ざめてベッドの下を念入りに探してみた。

 ――いない。何処に行ったんだろう。

 室内全体を見渡すけど、本当にいない。私は不安になる。昨日もそうだったけど、どうして突然いなくなっちゃうんだろう。いや、逆にどうして私の前に現れるのだろう? まぁ、あのコ、すこぶる可愛いから全然構わないんだけど、出没は気になるよね。

 何処となく、ルクソール殿下にも似ていて、一緒に居ると安心感のあるワンちゃん。夜、どんなに疲れていても、あのコが一緒なら元気にしてもらえるような気がして。私にとって癒しの存在だった。

 ――……また来てくれるよね。

 逢えると信じて私は仕事の身支度を始めた……。

❧    ❧    ❧

 朝食を食べ終え、仕事場へと行く前に、一つ厄介な事を済ませなければならない。それは……。

「これで以上です」

 とある執務室での事。女中の制服を着た私はデスクを挟んで目の前に座るグリーシァンとアッシズの二人に、昨日行(おこな)った仕事の内容を報告していた。憂鬱な時間のなにものでもないわ。

「そう。女中の仕事は大丈夫そう?」
「なんとか」

 グリーシァンのから射るような鋭い視線で問われる。実際、内容は無理に等しかったけど、ここで出来ないなんて容易に口には出来ない。

「良かったよ。女中の仕事はあくまでジュエリアを探す為のカモフラージュだからね。それに足を引っ張られて、本来の仕事が出来ないんじゃ元も子もないし」

 やっぱそう返すよね、だろうと思った。そうなのだ、私の仕事の目的はジュエリアを探す事、さらにいえば、ヤツを探さなければ私の命が絶たれる。安易に女中の仕事が無理だという事は命を捨てますに繋がるのだ。

「侍女長からは仕事の内容は今日中には教え終わると聞いている。明日から本格的にジュエリアを探す事を覚えておけ」
「わかりました」

 今度は無表情のアッシズから釘を刺された。

 ――無理だっつぅーの!

 私は今すぐにでも出てきそうな叫声をグッと喉元で抑える。表上は素直に呑んだけど、本当にこの二人と会話しているとストレスフルにしかならない。コヤツ等、笑顔の練習でもした方がいいんじゃない? 超感じ悪いもん。

「じゃぁ、仕事場に行っていいよ」
「はい」

 グリーシァンに言われ、ヤッターって気持ちになる。重苦しいこの場から解放される。これから女中の仕事をするのも億劫だけど、今のこの場所よりは遥かにマシだ。

「オレ達も一緒に出よう」

 ――げっ。

 アッシズの言葉に、さっきとは反対のゲンナリとした気持ちになる。なんでわざわざ一緒に出るのさ? 個別でいいじゃん! それを口に出来る訳もなく、私達三人は部屋を後にする。

 そして私より先に扉から出たグリーシァンが、突然後方にいる私の方へ振り返ったもんだから、私は目を見張って驚いた。いきなりなんなんだ? ヤツは何処か蔑んだ表情で私を見据えていた。

「思ったよりも平然としているんだね?」
「なんの話ですか?」

 また訳のわからん事を言われているよ。私は面倒くさいなーと思う気持ちを隠して問う。

「昨日の殿下の婚約者を気にして、目を腫らしているかと思ってたからさ」
「心配してくれていたんですか?」
「まさか」

 鼻で笑われたよ。うん、コイツに思いやりという心は皆無だもんね。

「じゃぁ、私がショックで泣いている事でも期待していたんですか?」

 私は皮肉を飛ばしてやる。そもそも恋する乙女に爆弾を落とした男だからね。これぐらいの嫌味は言わせてもらわないと、私とて気が収まらんわ。

「別にそういうつもりはないよ。ただ仕事に支障をきたすのだけは勘弁して欲しいと思っっただけだよ」

 なに最もらしい理由を並べているんだっての。仕事に集中して欲しいなら、そもそも余計な事言うなっての! 私は眉根を寄せてグリーシァンを見返すと、ヤツは素知らぬ表情をして、そのまま私に背を向けて去って行く。

 ――なんなんだろう、あの人は。

 私はグリーシァンの背中を睨みながら、文句を垂らした。

❧    ❧    ❧

「ヤバイ、完全に迷った」

 宮廷内のバカ広さには正直ウンザリする。女中の仕事に入って二日目で早速やってしまった。迷い迷った挙句、気が付けば宮殿の外に出てしまったようだ。ガチゲンナリ。宮殿内部へと踵を返そうとした時、

 ――カキィ――ン! カキィ――――ン!!

「ん?」

 何処からともなく金属製の鋭い音が響いている事に気付く。

 ――なんだろう、この音は?

 ほんの興味本位で私は音の方向へと足が動いていた。近づくにつれ、音が鮮明に聞こえてくる。暫くして開けた場所へと出た。

 ――あそこは……?

 競技場の施設によく似た場所で、甲冑姿の騎士が剣を交えていた。多分、ここは騎士の訓練所ではないだろうか。観客席的な場所から、私は騎士達が訓練している様子を見つめる。騎士達の姿はまるで映画の戦闘シーンを思わせるような迫力と臨場感に溢れていた。

 剣を振り被った後、斬る、突く、薙ぐ剣撃の音が空高く響き、豪快な動きが繰り広げられる。この傍観席からはグランドまで距離があるが、それでもビリビリとした緊張感が伝わってくる。それだけこの訓練が本物だという事だ。

 ――ド迫力あり過ぎて怖いかも。

 戦いとは無縁の世界で生きてきた私には、この内容があまりにも生々しく刺激が強い。これが映画のように作り物だとわかれっていれば、こうも変な緊張が流れないものなんだろうけど。

「ヒナ」

 ――え?

 ヒナと呼ばれてドキッとする。私をそう呼ぶのは……ルクソール殿下と言いたいところだが、今の声は殿下よりも低音で雄々しい。背後へ振り返ると、アッシズの姿があった。彼は赤いマントをひらつかせ、訓練している騎士達も豪奢な甲冑を纏っている。あ、団長だからか。

「あの今、私の事をヒナと呼びましたか?」
「呼んだが、違うのか?」
「いいえ、合っています」

 ……って、驚いたなんてもんじゃない、目ん玉飛び出しそうになったじゃん! あのアッシズが素直に私の事をヒナって呼んだんだもん。グリーシァンなんて未だ私を「君」としか呼ばないし。

「それで、オマエはここでなにをやっている?」

 そう問うアッシズの表情は実に訝し気であった。なにか私が良からぬ事を詮索しているではないかと疑っているのか。

「道に迷っただけです」

 私は簡潔に答えた。必要以上に会話をしたくなし。

「随分とした方向感覚なのだな」
「この宮殿の広さが私の肌に合わないだけです」

 アッシズから溜め息を吐かれ、軽く馬鹿にされた事にカチンときた。だから私の方もサラっとオブラードに包んで返してやった。

「そうか。ここの道を真っ直ぐ進めば、宮殿の回廊が見えてくる」
「有難うございます。すぐに戻ります」

 アッシズが指を差して道を教えてくれた。それに私は素直にお礼を伝えて、ととっとと去ろうとした。そこをだ……。

「待て」

 アッシズに呼び止められて、足の動きを止める。

 ――なんだ?

 私は不満を表情に出ないよう隠しつつ、振り返った。

「今朝、ミーティングの部屋から出た時、グリーシァンと話していた内容なんだが」

 ――げぇ、聞かれてたんだ!

 私はゲンナリとした気分になる。いきなりなんの話を出されるかと思えば、よりによって失恋の話なのかよ。

「ルクソール殿下の婚約者が云々という話をしていたのか?」
「そうですけど、それがなにか?」
「何処でその話を訊いた?」
「え?」

 なんだろう、急に。アッシズの表情がグッと厳しくなった。なんていうんだろう、凄く不穏そうな感じだった。

「何処でってグリーシァンさんから聞きましたけど」

 正確には勝手に聞かされたというべきか。

「アイツが……」
「?」

 本当になんだろう。アッシズは微かに剣のある表情へと変わる。殿下の婚約者になにかあるのだろうか。私は首を傾げて彼を見返す。

「忘れろ」
「はい?」

 ――なんだ、また突然?

「グリーシァンから訊いた殿下の婚約者の話だ。聞いた事を忘れろ」
「はい? なんでですか? って、もしかしてアッシズさんなりに私を慰めてくれているんですかね?」

 急に忘れろなんて、それぐらいの理由しか思いつかない。

「憶えておく必要がないという事だ」
「意味がわかりませんよ?」
「そのままの意味だ」
「益々わかりません」

 一体なんの会話なんだ、これは。まぁ、アッシズは見た感じ人と接するのが、不器用そうなところがあるからな。やっぱ彼なりの慰めだったのだろう。というか、そういう事にしておこう……。





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