STEP17「もふもふとお風呂」




 ショックではないと言ったら嘘になる。

 ――殿下には婚約者がいるから。

 突然、グリーシァンから伝えられた事実。聞いた瞬間、頭の中が白く溶け落ちるような衝撃を受けた。まさかルクソール殿下に婚約者がいたなんて。王子様なら、お決まりだろうけど、全く考えていなかったよ。

 失恋したような気持ちを味わったな。殿下の事は本当に素敵な人だと思って、強い憧れを抱いてたから。それが恋愛かどうかは定かではなかったけれど、今のこの状態は少なからず恋心があったんだと気付かされた。

 ――失恋して気付くなんて、恋愛初心らしい私だよね。

 部屋の扉の前で深い溜め息を吐いた私は扉を開けた。

 ――ギィ―――。

 部屋に入り、俯いていた顔を上げた時だった。

「あれ?」

 目に飛び込んできたものに、私は瞳を大きく揺るがせた。ほんの一瞬固まったけれど、そのすぐ後に、

「わぁーわぁー、アナタ!」

 私は驚嘆の声を上げて、寝台ベッドへと駆け寄る。目の前まで来ると、私は顔を緩め、目をウルウルとさせながら、眼前のものをガシッと手で持ち上げた。

「またここに来たの? あいっかわらず可愛いぃ~❤」

 そして私は甘々の声を落とす。そう、今私の手の中にはいつぞやのもふもふのワンちゃんがいる! 私はさっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んで、目の前のワンちゃんの顔をマジマジと眺める。初めて見た時以上に可愛さを賛美しちゃうよ。きちんと毛はお手入れされていてフワフワだし、顔立ちも端正で人間なら絶対に美形の男の子だと思う!

「また会いに来てくれたのね。この間はいなくなっちゃったから淋しかったんだから」

 その時の気持ちを思い出すと、ほんのりと切ない。それが表情に出ていたのか、ワンちゃんは尻尾で私の頭をナデナデしてきた。結構長いよね、その尻尾。というか器用だよね。それに人の言葉がわかるみたいだし、相当賢いコだ。

 そして私はベッドに腰掛けて、膝の上にワンちゃんを乗せる。ワンちゃんは躯を丸くして大人しく座っていた。特に抵抗しないし、ツンデレなところがあっても人懐っこいのは確かだよね。

「今日もここでお泊りしていいからね!」

 私はワンちゃんの背中をナデナデとしながら言う。するとワンちゃんはチラッと私を瞳に映す。

「今日は一人で寝ても色々と嫌な事を考えてしまいそうだから、一緒に寝てもらえると嬉しいな」

 自分でも顔が切なげに翳っているのがわかった。そんな私を見たワンちゃんは私のお腹の辺りをポンポンと軽く叩いてきた。

「え? なになになに?」

 ――いきなりどうしたんだろう?

 私は訳もわからず、様子を見つめる。首を傾げていると、ワンちゃんは立ち上がって、今度は私のエプロンドレスの裾を噛んで引っ張って来た。

「ど、どうしたの?」

 そしてまたお腹をポンポンと叩く。

「あ、もしかして私が仕事で落ち込んでいると思ったの?」

 やたら女中の制服を引っ張るから、もしかしてと思った。ワンちゃんはジーッと私を見つめていた。どうやら私の問いは的を射ていたようだ。

「違うよ、まぁ初日だからゲンナリとした気持ちにはなったけど、もっと別の事で落ち込んでいたの」

 私はまたワンちゃんを膝の上に乗せた。

「アナタも知っているとは思うルクソール殿下の事で……」

 淡々と話しを始めた私をワンちゃんは見据えるようにして見上げていた。

「とっても素敵な王子様なんだ。私がジュエリアではないとわかってくれたのも殿下だし、厳しいところもある人だけど、それ以上に優しさに溢れている人で。いきなり物語から出てきたような王子様が現れて、私舞い上がっていたんだ。でもね、殿下には既に婚約者がいたみたいで」

 私はギュッとワンちゃんの前足を握る。

「王子様なら当たり前の事なんだと思うし、私じゃ分不相応だって頭ではわかっていても、気分が晴れないんだ。一層知らないままで夢を見させてくれる方が良かったなってさ」

 胸の内に悲しみが波紋のように広がる。なんだかジワッと目頭が熱くなるのを感じて、目元を拭おうとした手をワンちゃんが尻尾で撫でてきてくれた。こんな小さいコに気遣ってもらえるなんて、これはこれでまた別の意味で涙が出そうになった。

「有難う。アナタなりに慰めてくれているんだよね。嬉しい。あ、そうだ、アナタ名前はなんて言うの? っていっても喋れるわけないか」

 イメージ的に高貴な名前が付けられてそうな気はするけど。私なりに名前をつけて呼んでもいいかなぁー。私はジーッとワンちゃんを見つめる。

「そういえば……」

 ヒョコっとワンちゃんを抱き上げて、視線を合わせる。

「アナタよく見ると、そのお星様を砕いたようなキラキラの金色の毛とアメジストむらさき色の瞳がルクソール殿下にソックリね。じゃぁ、アナタの事はルクソールって名前で呼んじゃおうかな~」

 自然と笑みが零れる。このワンちゃんをそう呼べるだけで、今の心の傷をほんの少しだけ癒せるように思えた。

「それでいいかな? 本当は違う名前があると思うけど、私が呼ぶ時だけね?」

 確認をすると、ワンちゃんは尻尾をフリフリしていた。どうやらそれで良いという意味だろう。

「じゃぁ、これからも宜しくね、ルクソール」

 改めて挨拶をした私はルクソールをベッドの上に戻すと、彼はまた躯を丸めて蹲る。

「さてと、晩御飯が来る前に、お風呂に入ろう。そうだ、ルクソールも一緒に入ろうっか!」

 ん? 私の言葉にルクソールが尻尾をピンと立てた。

 ――どうしたんだろう?

 一瞬、反応が気になった。にしても、動物と一緒にお風呂のシチュエーションもやってみたかったんだよね。家族みたいでいいよね。と、私は一緒に入る気満々だったんだけれど、ルクソールは私から顔を背けて躯を硬直とさせている?

「どうしたの? 一先ず、一緒に入りますか」

 私はルクソールを抱き上げて脱衣所に向かう。彼に触れた瞬間、微妙にビクッと震えていたのと、抱き上げてから、ジタバタしていたような気がしたけど、まぁいっか!

「おっふろ~♪ おっふろ~♪」

 私は脱衣所で軽く鼻歌を歌いながら服を脱ぐ。今日は初仕事で緊張して汗も出たし、早く綺麗にしたかったんだよねー。全部脱ぎ終えて、ふとルクソールの姿に目を向ける。すると、彼は扉にしがみ付くように立ってワタワタとしていた!

「ルクソール、なにやっているの? ……あ! アナタ、お風呂苦手なんでしょ!」

 どうもさっきから落ち着きがないと思ったらそういう事か! 私はしょうがないなーという気持ちで、後ろ姿のルクソールを抱き上げると、彼は益々ジタバタし始めて暴れる。

「そうやって駄々をこねて、毎日ご主人様を困らせているのね! いけないね、それ! 今日は少しでもお風呂を好きになってもらわないと!」

 私は叱咤の言葉を落とした後、そのままルクソールを連れて浴槽室へ入った。

「まずは躯を洗いましょうね~」

 私は颯爽とシャワーの前へと行き、ルクソールをタイルに置いて、お湯を出す。

「さぁ、お湯で流してあげるよ。って、なに逃げようとしているのよ!」

 私の手が放れた瞬間に、背を向けて駈け出そうとしていたルクソールを急いで捕まえる。彼はその場で引っ張られまいと這いつくばるような姿勢でいた。

 ――お湯が苦手なのかな?

 頑なに拒んでいるものね。とはいえ……。

「我儘はいけません!」

 私は無理に抱き上げて、ルクソールを膝の上に乗せる。彼はビクビクとして私を見ようとしない。ちょっと気の毒にも思えたけど、私は優しい声色で彼を宥める。

「怖くないから大丈夫よ。すぐに綺麗にして終わらせるからねー」

 ――数十分後。

 あれだけ嫌がってジタバタしていたルクソールも今は洗い桶に溜めたお湯に入っていた。その洗い桶を浴槽に浮かべて、私と仲良く浸かっているのだ。多少はまだ不満げがあるような面差しをしているけど、観念したからね。躯も綺麗にしてあげたんだ。

 この日の浴槽はルクソールに話を聞いてもらいながら、楽しいお風呂の時間を過ごし、その後は一緒に晩御飯も食べ、今日は色々と切ない出来事もあったけれど、ルクソールのおかげで少し傷が癒されてグッスリと眠りにつけたのだった……。





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