STEP15「犯人の目星は」




「お話を聞いていて気になっていたのですが、ジュエリアは宮殿で王太子と何度も密会をしていたわけですよね?」

 正確には逢引きというべきだろうけど。さすがに殿下の前で下世話な言葉は控えないとね。

「公爵令嬢の地位を持つとはいえ、王族の方々が暮らす宮殿に、そう何度もジュエリアが足を運べるものだったのでしょうか?」

 顔が知られている令嬢ならともかく、ジュエリアのように突然現れた、しかも王族に知り合いがいるというのも怪しい女を易々と入れるものなのか。そんな緩い警備なら怖いよね。

「いや、ヒナの言う通り、貴族といえ、容易に宮殿には足を運べないようになっている。内部に入るには身分の証明が必要だ」

 決然と言い切る殿下の眼差しが力強い。警備に怠りはないのだと彼の目を見ればわかる。

「そうですよね。となれば、特別に彼女を招いていたという事でしょうか?」

 王太子の一存ってやつで。有り得るな。というかそれしか考えられないっての。ある意味、権力乱用だよね! と、思っていたのだが……。

「それは考えられないな。我々の警備は万全に期している。王太子の意向といえど、勝手に掟を破る事は許されていない」

 答えたのはアッシズだった。そっか、騎士の仕事の中には宮殿の警備が入っているのか。団長の彼がそう言うのであれば、間違いないのだろうけど、そうしたらだよ?

「ジュエリアは魔女なので、簡単に移動が出来てしまうという事でしょうか?」
「それも有り得ないよ」

 今度はグリーシァンが答える。

「宮殿は結界で守られている。魔力をもつ顔の知られていない者が足を踏み入れたら、真っ先に捕まるだろうね。オレ達、魔術師が常に結界を張って監視をしているんだよ」
「そんなんですか?」

 ――どういう事?

 じゃぁ、どうやってヤツは宮殿で王太子に会っていたっていうのさ? ん~、あとは何も思い当たらない。まさかの行き詰まりってやつ?

「でも現にジュエリアは内部に入って来て……」

 ――あれ?

 私の中で何かが閃く。それは波紋のように胸の内に広がり、私の気持ちを高揚とさせる。外部の人間は容易に入る事が出来ないんだよね? だったら……。

「ジュエリアは宮殿の中にいる女性の誰か、という可能性があるわけですね? 宮殿に堂々と現れられるのであれば、その可能性は高い。そもそも何故、王太子はジュエリアの素性を隠しているのでしょうか。素性のわからない女性を相手にしている事自体が、どうも何か隠されているといいますか。明かせられない何か理由があるとするのであれば、禁断の恋とかでしょうかね? 素性が魔女というのが不確かだとしても、宮殿の誰かが変装をしている可能性は十分にあるかと推測出来ますね」
 
 あくまでも憶測ではあるけど、その可能性は高いとは思う。

 …………………………。

 ――あれ? なにこの

 殿下達三人が能面のような表情で固まっていない? なになになに?

「あの、私そんなに的外れな事を言いましたかね?」

 あまりに清閑な空気が漂っていているものだから、私は自分の意見に自信を無くし、恐る恐る殿下達に問うてみる。

「君って頭悪そうに見えたけど、実はそうでもないんだね」
「同意見だ」
「なんですか、それは!」

 意想外の返しに、私は鋭く突っ込んでしまったよ。グリーシァンとアッシズの二人は相変わらず辛口だ。今の言われた意味がわからない!

「目星がつけられないと絶望的になって泣き喚くかと思っていたからさ」
「え? どういう意味ですか?」

 今のグリーシァンの言葉、もしかして遠回しに私の事を褒めて? んなわけないか。

「ヒナが賢いという事だ。先程の考えまでに至れた事は本当に感心する。それぐらいの推測力がなければ、ジュエリアは探し出せないだろう」

 いやん、殿下からベタ褒めの言葉と蕩けるような笑顔がもらえた。ズキュンと胸が打たれたよ!

「有難うございます。という事は殿下達もジュエリアは宮殿の中の人間だとお考えなんですね?」
「その可能性が高いと思っている」
「あの、もしかして本当はジュエリアが誰なのか見当がついているのですか?」
「それがわかっていたとしても、君に教えるわけないでしょ? だって君がジュエリアかもしれないし? まだ君の疑いが晴れていないのわかってる?」

 質問をした相手は殿下でグリーシァン、アンタじゃないっての! ちくいちいち言い方が刺々しくて腹立つわ! まぁ、確かに疑いが晴れているわけじゃないから、ジュエリアが誰なのか吐くわけないか。もし本当にジュエリアが誰か見当ついていたら、腑に落ちないけど、仕方ないよね。クソー。

 と、マイナスな考えをしても仕方ない。よぉし、一先ず宮殿の誰かであるなら、ある程度の人間に限られるよね。考えてみれば外部の人間であれば、私なんかが探し出せるわけがないし! そしたら王太子と接触の高い人間をしらみ潰しに探していけばいいわけだ。

「そこで、ヒナ」

 気合いが入りまくった私へ殿下から声がかかる。

「なんでしょう?」
「ヒナには女中として働いてもらおうと思っている」
「女中さんですか? それって……」

 それはもしや侍女メイドさんって事! 清楚で純白のエプロンドレスのイメージが浮かび、私は頬を紅潮とさせる! で、殿下の事をご、ご主人様とか呼んでお世話をしちゃったりするのかな!

「殿下の専属侍女をするという事ですか!」
「違うよ。どっからその厚かましい発想が出てきたんだか知らないけど、君には使用人として、ジュエリアが誰なのか突き止めてもらうよ」

 グリーシァンから即答だった。即否定したよね、今。

「あ、そういう事?」

 てっきり殿下に付きっきりの侍女をするのかと期待しちゃったじゃない!

「って、私はハウスキーパー能力ゼロですが、ちゃんと使用人さんのお仕事出来るのかな」

 思わず私はボソリと呟いてしまった。しかもこんな宮殿の中の仕事ってかなりハイクオリティな気がするんだけどな。

「君には難易度が高いかもしれないね。なんか見た目からして家事能力が低そうだもん、君」
「は?」

 なにこのド失礼な言葉は! これでも私一人暮らししていたし、一通りの家事は出来ますけどぉ?

「それはやってみないとわかりません!」
「そう? 粗相を犯して肝心な仕事が出来ませんは無しだからね」
「ぐっ」

 なんなんだ、さっきから! やたらグリーシァンが突っかかってくるな。別に私ここまで言われるほど、ヤツに悪い事していないじゃんね? ヤツのツンとした気まぐれ猫のような態度が鼻につきまくり!

「大丈夫だ、ヒナ。こちらも不慣れな仕事をさせるのを承知な上だ。女中の仕事はしっかりとフォローする者を付けるから安心してくれ」
「殿下……」

 みよ、この殿下とグリーシァンの違いを! 人間の本質が違いますわ。

「お気遣いを有難うございます。私、頑張りますね」
「あぁ、頑張ってくれ。こちらも出来る限りの手は貸すつもりでいる」
「はい!」

 私は満面の笑顔で答える。すると、殿下からも顔に笑みが溢れた。ヤバイ、ドキュンものだ。この距離から殿下の笑顔の直視は心臓が破裂してしまいそうになる。一体この笑顔で何人の女性をキュン死にさせてきたんだろう。

 ――よぉし!

 殿下の笑顔を原動力にして私は気合いを入れ直す。とっとと、あの悪役令嬢のジュエリアをとっ捕まえて素敵な恋愛を始めるんだ! 出来ればなぁ、私はチラッと殿下の方へと目を向ける。

 ――殿下のような素敵な人と恋に落ちれたらいいんだけどなぁ。

 と、ほのかな期待を抱いて、私のジュエリアをとっ捕まえ作戦が始まるのであった……。





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