STEP6「勝手に悪役令嬢に仕立て上げないで!」




「私に夢中になっていた王太子は執務の仕事が疎かになっていたようね。まるで魂の抜け殻のような状態となってうつつを抜かしていたと。それでルクソール殿下は何がそう王太子にさせているのか調査を始めたのよ。それで行き着いたところが私だったってこと」
「事実まっとうな結果ね、お見事お見事!」

 異論なんてないない。事実その通りなんだろうから。さすがルクソール殿下、顔も良ければ、頭も良い。私はうんうんと何度も頷いて納得していた。

 ――うげっ、邪気を感じる。

 ジュエリアの表情は窺えないのに、ヤツが私に異様な気を発しているのがわかった。どうやら私の発言が頭にきたとみた。

「そして殿下は私を、王太子をたぶらかした魔性の女だと決めつけ、婚約を破棄させたのよ! そもそも王太子が勝手に私に骨抜きとなっていたってだけなのに」

 聞いてて虫唾が走るムカつきだ。なにが王太子が勝手にだ。自分はなにも悪くありません的な言い方に血反吐が出そうだ。

「アンタの素行の悪さが殿下にそう思わせたんでしょ? 普通はそんな風に叩きつけられたりしないもの!」

 自業自得、いい気味! ……ってさっきから私がちょいちょい突っ込んでいるのに、例の如くジュエリアにはフルシカトされっぱなしだった。

「私は身を潜めていたのだけれど、とうとう居場所を突き止められて捕まりそうになったのよ。だけど……」

 言葉のにブルッと私の背筋に悪寒が走る。ヤツからの視線が原因だ。

「そんな時に運良く貴女が現れたの。だから私は貴女を上手く利用させてもらったのよ。私の代わりに……ジュエリアになってもらう為にね」
「冗談じゃないわ、ジュエリアはアンタでしょ!」
「ふふふっ、ジュエリアは今牢獄に入っている貴女なのよ。そう明日にはこの世からオサラバになってしまうね」
「ふざけんなっ! 私は何もしていないんだから、処刑にされてたまるか! アンタがきちんと罪を償いなさいよ!」
「無理よ。私はやるべき事があるの。こんなところで易々と捕まるわけにはいかないのよ」
「有り得ない、この悪党!! 私にだってやるべき事があるのよ!! アンタの犯した罪で死んでたまるか!!」

 この女、ガチ今すぐこの場で処刑にしてやりたい!! 私は鉄格子の間がありったけの腕を伸ばしてヤツを捕まえようとしたけど、当然それは叶わなかった。ヤツは悠々した調子で嘲笑っている。

「ふふふっ。もがいている姿、見ていて滑稽だわ。ざまぁないわねー? それを言ったらルクソール殿下達も同様よね。今頃、私を捕まえたとぬか喜びしているところでしょうけど、実は私こそがしんの“ざまぁ”と思いながら高笑いをしているのだから」
「この女、なんで私がざまぁされなきゃならないのよ!」
「後で冤罪だと発覚したら、殿下の面子メンツも丸潰れね~。本当にざまぁないわ。ふふふ、あははは!」

 く、狂ってるこの女……。悪魔に憑りつかれているんだ。

「さてそろそろ私は行くわ。これ以上の長居は危険に及びそうだし。最後に貴女で会えて良かったわ」

 は? 去ろうとしている? 冗談じゃない! こんなヤツの思い通りのまま、終わらせられるなんてとんでもない!

「待てー去ろうとすんな――――!! この人の姿をした悪魔め!!」
「最後の負け惜しむ姿が最高の見物みものね。ふふふっ、それじゃぁねー」

 楯突く私をヤツは最後まで楽しんで、この場から立ち去ってしまった……。

 …………………………。

 静寂な空気が舞い戻り、一人佇む私は呆然とする。

 ――このままでは私、明日には処刑される。どうしたら……。

❧    ❧    ❧

「さてオマエにとって運命の時がきた。これが最後となる。答える気になったか、ジュエリア?」

 翌朝を迎え、今私の目の前には例のルクソール殿下に続いて、魔術師と騎士の三人がいた。私は牢獄の中に入れられたままであり、鉄格子を挟んで話しかけられていた。そして殿下から問われるが、当然私には答えようがなかった。

 昨夜、ジュエリアに去られてから、私は一睡も出来ないまま朝を迎えた。こんな恐ろしいリアルが待っている状況で寝られるわけない。なにも罪を犯してないのに、代わりに処刑されるなんて、有り得なすぎる!

「私はジュエリアではありません!」

 私はかつてないほど真剣な面持ちをして答える。しかし……。

「答える気はないって事だね。では殿下、約束通り、この女を処刑の場へと連れて参りましょう」

 殿下の隣で冷然とした表情をして促す魔術師に、私はカッと頭に血が上る。

「ちょっと聞いてなかったの!? 私はジュエリアではないって言っているじゃない!」
「猶予を与えても答える気がないのであれば、処刑にすると伝えていた筈だ。往生際の悪い女だ」

 今度は騎士が蔑んだ表情をして答えた。なんなのよ、魔術師も騎士も。本気で違うって言っているのに、完全に聞く耳も持たず好き放題に言って!

「これは冤罪よ! 私は昨日本物のジュエリアに会ったんだから。そこであの人は私に罪を擦りつけた事を認めていたのよ! それなのになんで全く関係のない私が処刑されなきゃならないのよ!」

 私は昨日あった出来事を話す。これは紛れもない事実なのだから。

「本当に救いようがないね。虚勢張って訳のわからない作り話まで始めてさ」
「は?」

 なになに? 意味がわからない。私より魔術師の言っている事の方がオカシイよね? 作り話ってなんなのよ!

「精神が異常なヤツだ。なんせこの女は王太子の婚約者達をことごとく排除してきたからな」
「なんの話よ!」

 また騎士が横から茶々を入れてきたよ! 魔術師と二人して私をリンチかよ!

「忘れたとは言わせない。王太子の最初の婚約者、アリストテレス王国のリリアンヌ姫には別の男と恋に落ちらせ王太子との婚約を破棄させた。次に貿易条約を結ぼうとしていたドッタゲルフ国との交流パーティが行われた際、当時王太子の婚約者であったヴァルカン王国のティラ姫を派手に転ばせ、ドッタゲルフ国陛下の下半身を丸出しにさせるという醜態を晒させ、婚約を破棄させた。さらに次の婚約者スペクトラム王国のジャラナ姫には風水や占い好きの姫の心を利用し、まじないと称した呪術を教え、彼女に魔女の疑いをかけさせ、婚約を破棄させた」
「それすんごぉい極悪じゃない!」

 騎士から告げられる真実に、私は口があんぐりとなる。

「すべてオマエが仕向けてやった事だ」
「知らないっての!」

 あの女、私はなにもやっていないって言い草しておいて、やっぱ相当な悪事を行っていたんだじゃない! ッキショー!! 私はギュッと唇を噛みしめる。こんな悔しい事ってない、私は本当になにもしてないんだから!

「では殿下。この女を連れて行きましょう」

 私の言葉を聞き入れない騎士は鉄格子の施錠に鍵を差し、扉を開けようとした。それを目にした私はなにかから弾けたように爆発する。

「アンタ達従者がそんなんだから……冤罪だとも気付く事も出来ない不甲斐ないアンタ達だから、王太子もジュエリアみたいな悪女に騙されたんじゃない!」
「「なんだと?」」

 ギロリと魔術師と騎士から厳酷な眼差しが向けられる。でも私は口を閉ざそうとはしない。
「もっとしっかり注意して王太子を見てあげていれば、ジュエリアなんかにたぶらかされなかったって言ってんのよ!! このろくでなしどもめが!!」

 どうせ処刑されるのであれば、もう怖い物なんてない! この時の私は存分に思っている事すべて吐き出してやろうという気持ちで一杯だった。

「本当に私を処刑にしたら、未来永劫にアンタ達を呪ってやるから!!」
「殿下、とんでもない女です。すぐに処刑を「いいだろう……」」
「……え?」

 ずっと黙然として様子を見ていた殿下が魔術師の言葉を遮った。なに今の殿下の「いいだろう」っていう言葉の意味? 殿下は私の前まで来ると、腰を落とし、片膝を立てる体勢となった。

「え?」

 その場にいた誰もが目を見張って殿下を見つめる。

「オマエを処刑せずにこの場から出してやろう」
「「殿下!」」

 魔術師と騎士から素っ頓狂な声が飛んだ。そうなるのもわかる。私だって疑り深い眼差しで殿下を見つめ返す。

「なんで急に?」
「オマエはジュエリアではないのであろう?」
「そうですけど」

 なに? 殿下は私がジュエリアではないと信じてくれたわけ? 美しい彼の顔は無機質で、なにを考えているのかわからなかった。

「ならばここから出してやると言っている。ただし、だ……」
「え?」

 殿下の瞳からギラリと鋭い光が見えた気がした。

「本物のジュエリアを捕まえるという条件を呑んだら……の話だ」
「は?」

 なになに意味がわからないんですけど? なんでここで本物のジュエリアの話が出てくるの?

「オマエはジュエリアと接したのだろう?」
「そ、そうですけど」
「一ヵ月だ。その間に見つけ出さなければ、別にジュエリアがいるという発言が偽りであったとみなし、一ヵ月後にオマエを処刑する」
「そんな無茶苦茶な! 確かに私はジュエリアに接しましたけど、彼女の顔は深くフードを被っていて見られませんでしたし、第一どうやって捕まえるのか……「条件を呑むか? 呑まないのであれば、即処刑に移すぞ」」
「……っ、……わかりました! その条件を呑みます!」

 なんなのよ、この展開! 助けてくれたと思ったら、一ヵ月間の条件付きでジュエリアを捕まえろだとー? 優しいんだか、鬼なんだかわからない、このルクソール殿下という人は……。





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