STEP3「私は至ってただの凡人です」




「そう早まるな、アッシズ」

 たおやかな王子の声が神に聞こえる。突き付けられている先がキラリと鋭利に光る長剣を目の前にした私は心臓が破裂したようにビビりまくって腰が抜けていた。夢とはいえ、現実的リアル感ありまくりだから。なんなのよ、これ。

「申し訳ございません、ルクソール殿下。あまりにも往生際の悪い令嬢で頭に血が上ってしまいました」

 ダメでしょそれ! 頭にきたからって簡単に人に物騒なもの突き付けるなんて! しかもこんなか弱い女子に! アッシズと呼ばれた鎧を身に纏う男性は王子を前にし、決まりが悪そうな表情をして、長剣をさやへと戻した。

 ……ん? そういえば、男性は王子をなんと呼んだ? 確か「殿下」と? ハッ、プラチナブロンドの髪を持つ男性は本当に本当に本物の王子リアルプリンスだって事!? 私は腰を抜かした事なんぞ、頭からスッポリと抜け、キラキラの殿下をマジマジとガン見してしまっていた。

 いやぁ~、やっぱそうだよね、そうだよねー。外見からして絵に描いたような完璧な王子様だもの。これで王子でないなら彼は神様だ。手を合わせて拝みたくなるような神々しい存在だからね。そんな私をよそに別の話が繰り広げられる。

「アッシズの悪い癖だねー。殿下の前でみっともないよー」
「黙れ、グリーシァン。オマエに言われる筋合いはない」

 あれあれ? 騎士(と勝手に呼ぶ)とグリーシァンと呼ばれた魔術師のような男性は仲がお悪いようで? 私からしたら二人とも殿下の前ではしたないと思うけど?

「よせ、二人共。今は目の前のジュエリアに集中しろ」

 え? 話が私に戻された? 殿下の言葉に他の二人の意識がまた私へと向けられてしまったよ。とにかく私はジュエリアじゃないっての!

「話を戻すが、言われた質問に答えないのであれば、翌朝処刑を決行する。さぁ、どうする?」

 どうすると言われてもね? 腕を組んで問う殿下に、私は何処か冷めた気持ちで見返す。そもそもこれ夢だしな。変に怖がる事ってなくない? そう思ったら変に強気になってきた。

「どうするも何も私はジュエリアという女性ではありませんので、お答えしようがありません」

 うん、これ一番大事だよね。明らかに勘違いされているんだから。

「オマエは何処の令嬢だ? 家柄を答えてもらおうか」

 私の言葉はフルシカトですか? 殿下は尚も質問を重ねた。せっかくのイイ男が台無しじゃん。

「私は至ってただの凡人です!」

 語気を強めて答える。どう見ても私の外見からして令嬢には見えないでしょう。どうしてわからないのかな!

「質問を変えよう。ではオマエはどうやって王太子に取り入ってもらったのだ?」
「はい?」

 ――王太子って?

 私のラノベ知識では次の王の後継者となる第一王子の事だよね? なになに、どういう事? 王太子に取り入ったってなんのお話で? どっからその名が出てきたわけさ? ここにその王太子様の姿は見えないし? 話の全貌がわからず、私は口を半開きにして目をパチクリとさせる。

「なんのお話をされているのか全くわかりません。何度もお伝えしていますが、そもそも私はお話しされている女性ではありませんので、いくら質問をされても、お答えが出来ません」
「話しにならないな」

 深い溜め息を吐く殿下、その姿ですら素敵だ……ってそうじゃなく、今のセリフそのままお返しします!

「もしかして障害者のフリ? そうやって罪を軽減しようとしても意味ないよ?」

 ――なんだ、それは!

 殿下の隣で私を見兼ねた魔術師(と勝手に呼ぶ)が冷めた眼差しをして言葉を飛ばしてきた。犯罪者が少しでも罪を軽くする為の汚い手法を使ったみたいな言い方してさ。私の頭は至ってまともだし、間違った事は言ってないっての! どあったまきた!

「そちらの方こそ、罪のない私を悪役令嬢に仕立てあげて、どういうおつもりですか?」

 私は魔術師をキッと切るような鋭い視線を投げて言い放った。しかし、そんな私の様子に彼は全くひるむことなく、また平然として言う。

「何処までもしらを切るんだね。これじゃ明日はお陀仏だよ?」

 ――ひぃ、また処刑をほのめかしやがったよ! きょわいきょわい!

 もういい加減こんな夢醒めて欲しい。もうお腹いっぱい胸いっぱいの内容で大満足です! お願いだから醒めてよ~! 私は何度もほっぺをつねってはみるものの、リアルに痛いし、醒める気配もない。なんなの、この夢は!

「殿下、もう埒が明きません。もう終わりにしませんか? 私からみてはですが、この女が吐くとは到底思えません。これ以上、殿下のお忙しい時間も裂く訳にはいきません」

 そう殿下に促したのは騎士だ。この女扱いされてめちゃ鼻に付く。

「オレもうそう思いますよー。思った以上に狂気を孕んだオカシイ女だし。それに処刑してしまえば、王太子も諦めがつき、ご回復をなさるかもしれません」

 くっ、魔術師め、騎士の言葉に輪をかけて酷いわ! しかもまたもまたもや、処刑の名を口に出しよって。美形でもこりゃないわないわ!

「……わかった。今日もう一日だけ猶予を与えてやろう。明日の朝になっても口を割らないようであれば、そのまま処刑の場へと連れて行く」
「殿下は甘いですねー。とっとと処刑の場へと連れてお陀仏にするべきですよ」

 おい、魔術師は本当によー! 私の怒りが頭のてっぺんから噴火しそうになる。こう軽々しく人の死を口に出す奴等はろくでもない。もう全員ないない! ときめいた時間を返して欲しいっての!

「甘い訳ではない。あくまでも法に乗っ取りやっているだけだ。猶予は翌朝までしか与えられない。一先ず今日はオマエ達の言う通り、ここまでにしておこう」
「それが賢明です」
「ですね」

 殿下の決断に納得がしている他の二人。なんなのさ、賢明ってさ。誤った見方しておいて賢明もなにもないよね。心にドス黒い気持ちが渦巻いてきたよ。

「では参ろう」
「「はい」」

 続いた陛下の言葉に、背を向けて去ろうとする三人。なんなのさ、なんなのさ、本当に! 私はじとっと恨めし気な目をぶつけて見送ろうとした。その時、殿下がチラリと私へ尻目を向けた。

 ――え?

 なにかを見据える力強い眼差し。その眼力が凄まじくて躯がひるんでしまう。なんなの、なにが言いたいんだろう? 疑問符を浮かべている間に、殿下から視線を外され、私は一人牢獄へと佇む事になる……。

❧    ❧    ❧

 ――あ~、なんでこの夢醒めないの! もういい加減にしてー!

 と、何度この言葉を叫んだ事か。どんなに喚いたところでも全く醒める様子がない。それどころか、ガチリアル感が出て怖くなってきていた。なんか生々しいだよね。繋がれている鎖の重さとか、陰鬱でどよんとした光景がやたら目に焼き付くし。

 それと……これはどうしたらいいの、生理的現象ってやつだよ。我慢していたら膀胱炎になってしまうんですけどぉー、お手洗いに行かせてプリーズ! これに一番のリアリティを感じているから!

「ふふふっ」
「え?」

 ――なに今の声?

 ゾクリと背筋に悪寒が走った。シンと静寂する辺りに響く女性の高笑い。見渡す限り、人の気配はどころか物音一つとしない。

「ふふふっ」

 だけど、もう一度ハッキリと耳にする。なんなの、気味が悪い!

 ――カツカツカツ。

 突然に前方から歩く靴音が響いてきた。真っ先にそちらへと視線を向けると、

「!?」

 揺らめく黒い影。薄暗くて姿が明確には分からない。だけど、全身を覆うローブに身を包んだ人物が近づいて来ていた。

「だ、誰!?」

 咄嗟に私が叫ぶと、その人物は足を止める。そして……?

「ふふふっ、私? 私はね……」

 媚びたような甘ったるい声が答える。

「ジュエリアよ」
「ジュ、ジュエリア!?」

 って、あの悪名を散らかせまくった悪役令嬢じゃない!?





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